時をかける恋の舞台
夏の夜、街のスポットには多くの人が集まり、空には次々と大きな花火が打ち上がっていた。
鮮やかに開く光の輪が夜空を彩り、歓声が上がるたび、ふたりは肩を寄せ合って見上げていた。
「花火、本当に綺麗だね」
正子が、光に照らされた横顔を愛斗に向けてそう囁くと、愛斗は彼女の瞳をまっすぐに見つめて、優しく答えた。
「うん。でも、正子のほうがずっと綺麗だよ」
突然の言葉に正子の頬が染まり、小さく笑った。
「ありがとう」
ふたりはその後も、打ち上がる花火を見るたびに手を固く握りしめ、時折見つめ合ってはそっと唇を重ねた。
一時間ほどで花火大会は終わり、人々が帰路につき始めると、ふたりもゆっくりと家へと歩き出した。
家に帰り着いても、その温もりは消えることなく、玄関でそのまま愛斗は正子を抱き寄せ、深くキスをした。
「今日は本当に楽しかった」
「うん、私も。ずっと一緒だね」
そう言い合って、愛斗は正子を腕に抱きしめ、その夜はふたりで寄り添って眠った。
朝日が窓から差し込む頃、ふたりは目を覚ました。
朝の支度をしていると、涼子から電話があり、家に遊びに来ないかと誘われた。
愛斗にそう伝えると、彼はあっさりと頷いた。
「愛斗さん、涼子さんに家に来るように言われたよ」
「そうなんだ。行ってくれば」
「え、いいの? ひとりで大丈夫?」
「うん。俺は徳夫と遊んでるから、気にしないで」
「わかった。じゃあ行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
正子は愛斗に見送られながら、サプリメントを飲んで姿を変えた。
いつもの年齢を感じさせない、ありさの姿になると、身支度を整えてから涼子の家へと向かった。
インターホンを鳴らすと涼子が笑顔で迎えてくれ、家に上がってからは、いつものように涼子の部屋でゆっくりと話し込んだ。
話が一段落したところで、涼子が戸棚から小さなお菓子を取り出して手渡してくれた。
「ありささん、これ食べてみる? 私、若いときによく食べてたんだ。佐藤くんと鈴木くんっていうお菓子なの」
「え、初めて聞きました。人の名前がついたお菓子なんですか?」
「そうなのよ。佐藤くん鈴木くんって名前のお菓子があるんだ」
ありさが不思議そうにしていると、涼子はスマートフォンを取り出して調べてみせてくれた。
画面を見ながらふたりは「本当だ」「懐かしい」と笑い合い、そのままお菓子の話で盛り上がった。
やがて話は手作りのお菓子へと広がっていった。
「そうだ、私、たぬきケーキを作ってみたいです」
「たぬきケーキ? 何だろう、初めて聞いたわ。ちょっと調べてみるね」
涼子が再びスマホで検索すると、丸いチョコレートの頭に耳と目がついた、愛らしいたぬきの形をしたケーキが画面に現れた。
「わあ、かわいい! これ、昭和時代に給食や家庭で流行ったって書いてありますね」
「そうなんです。私が子供の頃、よく母と一緒に作っていたんです」
「へえ、素敵。じゃあ、材料を買いに行こう!」
ふたりは近くのスーパーへと買い物に出かけた。
店内を歩きながら必要な材料を探していると、ありさはチョコレートのパッケージに小さく印刷された文字が、どうしても読めずに立ち止まった。
「涼子さん、すみません。この文字を読んでもらえますか? 老眼で、小さい文字がよく見えなくて」
「え、その年で老眼なの? まだ若いのに」
「それが、最近特に見えにくくなっちゃって…」
涼子は驚きながらも、パッケージを受け取って読み上げてくれた。
無事に材料を揃えると、ふたりは手際よくレジを済ませ、再び涼子の家へと戻った。
家に着くと、エプロンをつけてキッチンに立った。
小麦粉や卵、チョコレートを丁寧に混ぜ合わせ、生地を焼き、冷めるのを待ってからチョコレートで顔や耳を描いていく。
一時間ほどで、ふっくらとしたたぬきケーキが完成した。
「わあ、上手にできましたね!」
「本当だ。かわいいわ」
出来上がったケーキを丁寧にラッピングしてリボンをかけ、ありさは愛斗の帰りを待つために家へと戻った。玄関の鍵を開けて家に入ると、ちょうど愛斗が帰ってきたところだった。
「おかえりなさい」
「ただいま。どうしたの、その包み?」
「これね、涼子さんと一緒に作ったの。あげる」
「ありがとう、ありさ」
愛斗は嬉しそうに包みを開け、中から現れたたぬきケーキを見て微笑んだ。
一口食べて、目を細める。
「おいしいよ。すごく優しい味だね」
「本当? よかった」
「うん、幸せな味だ」
そのまま並んでケーキを食べながら話していると、ふと愛斗の手にチョコレートの跡がついているのに気づいた。
ありさはバッグから殺菌シートを取り出し、そっと手渡した。
「ほら、チョコついてるよ。拭いて」
「ありがとう。気づかなかった」
愛斗がシートで手を拭く姿を見ながら、ありさは今日一日の楽しかった出来事を思い返し、心が満たされていくのを感じた。
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