藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 そう言われて、彬はコーヒーカップを持つ手を止めた。
 濱中が頬杖をついてニヤニヤしながらこちらを見た。
「確かに気持ちは見えないし不確かだけど、それに突き動かされて人は行動するんでしょ。藤堂くんの行動を考えると気持ちは明らかだと思うけど」
 ——まさか、と思いフリーズする。
 だが確かに藍と結婚してから自分の行動は変わった。すべて理解できないなにかに突き動かされるようにそうせずにはいられなかったことばかりだ。
 料理をする藍が心配で毎日帰宅していること。
 電車に乗る彼女のあとをつけたこともある。
 そして今、彼女の手術についてより深く知りたいと思い、こうしてわざわざ論文を手に入れたこと……。
 固まり考える彬に、濱中がくすくすと笑いだした。
「僕はただ夫としての役割を……」
 言いながら、でもこれはただの言い訳だというのもわかっていた。こんな些細な論文は、彼女の担当医はすでに把握しているはずで、わざわざ自分が確認する必要はない……。
「まあもちろん。行動の変化から導き出される答えはひとつではない。私はひとつの可能性を指摘しただけ。あ、私これから用があるんだった。お先に失礼」
 そう言って彼女は立ち上がる。
「結論を知りたいから近いうちにみんなで集まろうね」
 ひらひらと手を振って帰っていった。
 残された彬はあまりの衝撃に、啞然としたまま、もらったばかりの雑誌を見つめる。考えもしなかったことを突きつけられて、珍しく混乱した。
 結婚してからの自分の行動が変なのは自分でも気がついていた。そしてそれは当然自分の心の変化からくるもので、その元になるのは藍だということも。
 とにかく藍が気になって、苛立ったりすっきりしなかったり。それをなんとかしたくてあれこれやっている。
 ——まさか、俺は彼女を……?
『ひとつの可能性』と彼女は言ったが、考えれば考えるほどそうとしか思えない。
 むしろそうでないと、自分の行動に説明がつかない……。
 衝動的に、彬はスマホを手に取った。動揺しながら【愛するとは】と打ち込んでみる。
 自分の人生には必要ないと思っていた言葉の定義を急に知る必要ができたからだ。
 ネットの情報など不確かだ。だが気持ちという科学的に定義できる物資でない以上、さまざまな意見から総合して概要を掴むしかない。
 掲示板に書かれているある言葉に目が止まる。
【大切に思い、ありのままを受け止める】
 ——大切に思う……。
 大切に……。
 そう、今まさに自分がしている行動ではないか?
 数日前、初詣に行くと言う彼女につきそったのもそうだ。
 人混みなど大嫌いで神頼みなど一ミリも興味がなく、休みの日は論文を読んで過ごす自分が、それでも彼女と一緒に出かけたのは……。
 そう思った瞬間に、きらっと何かがひらめいた。
 これはつまり……。
 すっかり冷めたコーヒーを飲み干す頃に、彬はようやく結論に達していた。
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