藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 こんなことならば、適当にお茶を濁せばよかった。
「三橋くんの話によると大須賀製薬のご令嬢なんだっけ」
「……そうですよ」
「ちゃんと大切にしてるんだ」
 ニコニコして言われて目を逸らした。
「念のためですよ。成功率は九十パーセントを越える手術ですし」
「だけど機器との適合率はそこまでではないのよね」
 そう言われて、彬は雑誌に視線を落とす。まさにそのあたりについての論文が載っている。
 黙り込むと「いいじゃない」と言われた。
「研究にすべてを捧げるのも素晴らしいけど、誰かを愛することも素晴らしい人生だわ」
 その言葉に彬は眉を寄せた。
『誰かを愛すること』などという形のない不確かなものを『素晴らしい』などと表現するのは研究者としてあり得ないとまでは言わないが同意しかねるからだ。
 しかも前提が間違えている。
 自分の中にそのような気持ちはない。
 そんなことを思いながら濱中を見ていると、彼女は弾かれたように笑い出した。
「やだ、そんな睨まないでよ。からかいたくもなるわ。"愛なんて存在が不確かなものに行動を左右されるわけがない"って飲み会のたびに三橋くんに絡まれて言ってるの何回も聞いたんだから。変われば変わるもんだなって」
 微妙に彬の口真似をするのが癪に障る。が、先輩だから黙っている。
 黙っているが癪に障る……のでやっぱり口を開いた。
「僕は今もそう思ってますよ」
「ええ? まさか。三橋くんからもいろいろ聞いてるわよ。愛してるんでしょ奥さんのこと」
「いやそれは……」
「やだウケる。ねえ、自覚なし?」
「濱中さん……」
「だって、藤堂くんが他人のために動くなんて私は見たことないし、その論文だってすでに知られていることしか書いてないわ。それでも念には念を入れて確認しておきたいんでしょ? それって愛以外のなんなのかしら?」
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