藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 それは電話口の藍の口調がいつもよりよそよそしく思えたからだが……確たるなにかがあるわけではない。
「それはお前の言う通りだ。だがやっぱりなにかがある気がする。不安なんだ。こういうのは理屈じゃないんじゃないか?」
 ビールのジョッキを握りしめて訴えると、三橋がぶっと噴き出した。そしてごほごほと咳き込んでいる。
「大丈夫か?」
「大丈夫。や、まあ、それはお前の言う通りだ。恋愛感情は理屈じゃない」
『理屈じゃない』などという研究者らしからぬ言葉がするすると口から出ることに自分でも驚きだが、不思議としっくりくる表現だ。
 とにかく藍に対する気持ちの不安定さは規則性がない。
「わかったよ。じゃあお前の勘の通り、奥さんはなにか不満があって実家に帰ったのだと仮定して考えてみよう。その前日までの様子はどうだったんだよ」
「前日は向こうがボランティアだったから、俺が夕食を作ったんだけど……あ」
「お、なにかやらかしたか?」
「夏野菜カレーだったんだがちょっと失敗したんだ。水加減を間違えてしゃばしゃばになってしまった。もしかしてそれが……?」
 またもや原因らしきものを発見するが、三橋がガクッと肩を落とした。
「いやいやいや、それくらいで実家には帰らんだろ。他にはないのか? 話をしてる内容とか」
 そう言われてその後の展開を思い出していた彬は、どきっとした。
「あ」
「お、心あたりがあるんだな」
 三橋と視線を合わせたまま考える。
 手術について話したのがよくなかったのだろうか?
 けれどすぐに、いやそれはなさそうだと思い直す。
 確かにあの時彼女は泣いていた。
 けれどひとしきり泣いた後、手術への不安を吐き出したことにすっきりしたと言っていた。担当医に詳しく話を聞き段取りを進めてもらう勇気が出たとも言っていたのだ。
 実際、検診の直後に来たメッセージには、手術に対する前向きな内容が綴られていた。彬としてもサポートするし、これからも不安な時は口に出してくれと返信したのだ。
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