藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 窓に手をついてぶつぶつ言っていると、隣の新田にジロリと睨まれる。
「お嬢さま、今日は旦那さんのご両親もいらっしゃるんですから、言動には気をつけてくださいよ。あまりしゃべらない方がいいかもしれませんね」
「え、それってどういうこと?」
 そこで、コンコンと扉がノックされる。
「お嬢さま、よろしいですか」という問いかけに大丈夫だと答えると、ドアが開いて支配人と父が入ってきた。
「ああああ、藍……! なんて可愛いんだ! 母さんの若い頃にそっくりだ」
 感激して声をあげ、父はハラハラと泣き出した。
 隣で支配人もハンカチで目頭を抑えている。
「こんな日が来るとは。長生きはするものですね。なんとまあお美しい……!」
 大袈裟なのはいつも通り。けれど今日ばかりは、藍もつられて涙ぐんだ。
 手術後、藍はボランティアをやめて書店のアルバイトをしている。働いて給料をもらうようになり、改めて父が自分にしてくれていたことのありがたさを実感した。
 口うるさかったし反発もしたけれどとにかく愛してくれたのだ。
「お父さん、今までありがとう。私、お父さんの子に生まれてよかったよ。幸せになるね」
 涙をこらえてそう言うと、ついに父はおいおいと泣き出してしまう。
「立派に育った……! 俺の育て方は間違えていなかった! 母さん、そうだよな?」
 手にしていた母の写真に向かって語りかける。
 とにかく甘々だったから育て方うんぬんは微妙なとこだ。
「よかったですねえ」
 支配人も一緒になっておいおいと泣き出した時、コンコンと再びドアがノックされる。
「支配人、新婦さまのお父さま、白川医科大理事長さまがお見えになられました」
「おおそうかそうか。挨拶に行ってくる。藍、また後でな」
 ふたりが出て行くのと入れ替わりに、彬がやってくる。
 すると新田が「私は少し外しますね」と言って出ていった。
 ふたりきりになれるように気を利かせてくれたのだ。
 気恥ずかしい気持ちになる。
「スタッフからのからの伝言を伝えにきたんだが……」
「そ、そうなんですね。ありがとうございます」
 結婚して2年弱経つとは思えないくらい、ぎこちない受け答えになってしまう。
 それもこれも彼がカッコよすぎるからだ。
 新薬の研究が佳境に入ったためここのところの彼は忙しい。その中での準備だったから、衣装合わせはべつべつだった。もちろん写真は見ていたが、実物は直視できないくらいキラキラだ。
 その彬の方もしばらくドアのところで固まっていたが、やがてゆっくりとこちらへやってくる。そして感慨深げにため息をついた。
「こんなに美しい人間を見たのははじめてだ」
 人間……。
 あまりにも微妙な表現に、藍の反応も微妙になる。
 するとそれに気がついて「いや変な言い方だな」と言って咳払いをした。
「ドレスがよく似合っている、ということを言いたかったんだ」
 赤い顔をして言い訳をする。
 ちょっと下手くそな表現に、藍は思わず噴き出してくすくすと笑ってしまう。
 相変わらず彼の愛情表現は、へんてこりんでちょっと不器用。それは自覚があるようでその都度、深く反省している。
 けれど藍はそれには及ばないと思っていた。完璧じゃない彼を見られるのは自分だけなのだと思うと幸せな気持ちでいっぱいになる。しかも苦手だからといって諦めたりやめたりすることはないのが嬉しい。いつも彼なりのやり方で、藍に気持ちを伝えようとしてくれる。
「嬉しいです。彬さんにそう言ってもらえて安心しました。自分の趣味で選んだので、どうかなーと思いましたが」
「それでいい、藍の気持ちが最優先だ。たとえ藍が着ぐるみを着ていても俺は可愛いと思っただろうし」
「着ぐるみ?」
 またもや変な例えが出て、とうとう藍は声をあげて笑ってしまった。
 ひとしきり笑うと、さっきの緊張がちょっと解ける。
「彬さんもカッコいい」
 彼の言葉を笑っておきながら、藍の方もシンプルな言葉しか出てこない。
 恋愛偏差値が上がっていると言えないのはお互いさまなのだ。
「そうか? 俺には黒か白かの区別しかつかないが」
「そんなことないですよ。そりゃ白衣もかっこいいですけどね。はるちゃんが白衣はカッコよさが五割増って言ってたけど、彬さんは何を着てもカッコいいです」
「着るものによって気持ちが変わることなんてないだろうと思ってたが、そんなことはないと今知った」
 そう言って彼は、藍をじっと見つめた。
「今日の君は一生記憶に残るな。絶対に忘れない」
 そう言って彼は、藍の前に跪く。
 唐突な行動に驚いていると、手を取られた。
「一生、大切にすると誓う。俺と一緒に生きてくれ」
 まるで映画のワンシーンのようだ!と思い藍は感激した。
「はい、喜んで! すごいプロポーズみたい!」
 彬がガクッと肩を落とした。
「プロポーズのつもりだったんだが」
「え⁉︎」
「わかりにくかったか……。はじまりがアレだったから正式にと思ったんだが」
 立ち上がり頭を掻いている。
「どうもカッコがつかないな」
「そんなことない! すごく嬉しい。カッコがつかないのは半分は私のせいもあるかも」
 目を合わせてふふふと笑い合うと、幸せな気持ちでいっぱいになった。
< 139 / 141 >

この作品をシェア

pagetop