藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 ここに父がいるとふたりして昔の藍がいかに可愛かったかという話で盛り上がるので、その場合は放っておくのだが、今日は藍しかいないので無理だった。
「あれは五つの時の手術だったでしょうか。入院中にどうしてもうちのコーンスープが飲みたいとおっしゃって……。お父さまからそれを聞いた私は、それはそれは胸が潰れる思いでした。それから毎日、病院まで届けさせてもらったものです。退院されてこの場所でコーンスープを飲まれたお姿を見た時は涙が止まりませんでした」
 何回聞いたかわからない思い出話に、藍は気まずい気持ちになる。彼にとっては懐かしい思い出なのだろうが、藍からすると黒歴史だ。
「そ、その節は……無理を言ってすみませんでした」
「とんでもございません……! お父さまはそこまでしなくていいとおっしゃったのですが、私がお願いしてそうさせていただいたのです。美味しいと言っていただけた時の気持ちはなんと表していいのか、ボキャブラリーのない私をお許しください」
「そ、そうですか……。ありがとうございます」
 娘の藍からしてみれば、本人に伝えたくせに『そこまでしなくていい』という父の言葉は白々しいが。
 いずれにせよ、あのコーンスープは入院中の藍にとって大きな励みになったのは確かだ。
「今日はアフタヌーンティーですので、コーンスープはございませんが、またお父さまと一緒にいらしてくださいね」
「はい。近いうちに」
 答えると、にっこり笑って支配人は下がっていった。
 窓の外に目をやって藍はふうっと息を吐いた。
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