藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 これまでほとんど単語しか発しなかった彼が、急に話し出すのを見て、なるほど父が好きそうだ、と藍は思った。
 研究が本当に好きなのだろう。
 急にむくむくと変なやる気が湧いてくる。たとえ自分の病気ではなくても新薬の開発は患者にとっては希望そのもの。研究者がやる気になるなら協力したい。
「なんでも聞いてくださいね。なんといっても、私、患者歴二十六年ですから」
 張り切ってそう言うと、彼は面食らったように瞬きをする。
「君は……ちょっと特殊……いや……ずいぶんと明る……いや前向きだな?」
 言いにくそうにしているのは藍の病状を知っているからだろう。
 藍の心臓は単体では機能せず埋め込まれた補助機器によって動いている。
 それは成長に合わせて取り替える必要があり、何度か手術を繰り返した。そうでなくては平均寿命までは生きられない。
 次に藍が挑むのはその最後の取り替えだ。
 手術自体は難しくないが機器に身体が適合しないことがある。
 そうなれば今のように自力で日常生活を送れなくなる可能性があるのだ。
 拒否反応が少ない機器が開発されてはいるけれど、確実とは言えないのが今の医療の限界だった。
 それなのに、なぜそんなに明るいのだ?と不思議なのだろう。
「生まれた時から疾患があってずっと一緒に過ごしてるので、もう慣れっこっていうか、今は安定してますし。あ、手術の件は父から聞いていますよね」
「ああ、少し調べさせてもらったよ。成功率は高いはずだが、機器との適合がうまくいかない場合もある難しい手術だ」
「そうです。だから体調がいい今、二十代を楽しみたいと思ってて、暗くなってる暇はないんです。それなのにこの状態で結婚を、なんて……本当に父はいったいなにを考えてるのか」
 ぷりぷりしながらケーキを食べる。
 もともと恋人同士だというならいざ知らず、病状が安定しているとはいえ、どうなるかわからない娘を見合いになんて、改めて考えるとおかしな話だ。
「君のお父さんは君を大切に思っているからこそ、誰かに託したいと思っているのだろう。ドクターであるというのは必須条件なんだろうな」
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