藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 そもそも必要なもの以外は記憶しないようにしているから、彼女の顔は曖昧で写真を見て、ああこんな顔だったと思い出すくらいだ。
「お前、研究のためなんて絶対嘘だろ。この可愛さにやられたんだろ」
 三橋のにやにやが鬱陶しい。
「違う」
「いくら研究資金のためでもさー。絶対、心が動いたんだって」
「違うと言ってるだろう」
 強めに否定して睨むと、後ろの看護師ふたりが「ひっ!」と言って固まった。
 だがその睨みも三橋には効かない。それどころかますますにやにやしている。
 もうめんどくさいのでちょうど食べ終わったのをさいわいに立ち上がった。
「研究室に戻る」と告げて食器を戻して食堂を出た。
 ——勝手なことを言いやがって。
 とはいえ、三橋にからかわれることくらいは覚悟していた。関係ないので藍には言わなかったが、これは彬にとってのデメリットだ。
 今まで見合いも誘いも断り続けてきた彬がいきなり結婚したらあることないこと言われるのは仕方がない。
 しかも相手は、プロジェクトの出資会社の社長の娘。打算だなんだと陰口を叩かれるのは必至だった。
 とはいえ、陰口はまったく気にならない。
 そもそもいつもなんだかんだと言われているし、むしろそれに付随してもう二度と見合いの話が来ないのだからそれはそれで好都合だ。
 まあ、これは後から気がついたメリットなのだが。
「藤堂先生お疲れさまです」
「お疲れ」
 顔見知りの職員と挨拶を交わしながら、十二月にしては暖かい日差しが入る廊下を進む。
『絶対心が動いたんだって』
 三橋の言葉が頭に浮かんだ。
 顔の美醜が関係したわけでは断じてないが、ひっかかりを覚えたのは確かだった。
 なにしろ現地に行くまでは百パーセント断るつもりだったのが、最終的に彬の方から結婚しようと言い出したのだから。
 そもそも藍は、今まで彬が会ったどんな相手とも違っていた。
 製薬会社社長の娘、しかも病気を抱えていてることもあって溺愛して育てたと大須賀本人が言っていたからどれだけわがまま娘なんだろうと、警戒していた。
 どんな相手でも結論は変わらないが、キレられたり泣かれたりしたら面倒だと心配だったのだ。
 場所が個室だったことに安心して、到着早々話をした。
 さすがに傷つけるかと思ったが、驚いたことにまったくのノーダメージ。聞くと彼女の方も結婚の意思はないというではないか。
 さらに話を聞いてみると、予想とはまったく違う人物だということが判明した。
 彼女はわがまま娘などではなく、父親からの過干渉から逃げたがっている、自立心の強い女性だった。
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