藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 陽菜が「ひゃー!」と声をあげた。
「めちゃくちゃカッコいいじゃん! なにこれ。偽物の夫だとしてもラッキーすぎじゃない? 弥、見なよこれ、ほら」
 陽菜がスマホを奪い弥の方に突き出している。弥はそれをじっと見て「あ」と声を漏らした。
「その人知ってる! 確か……えーっと、白川医科大が開発したヒューマロイド!」
「はぁ? ヒューマロイド?」
「それくらい、完璧で人間っぽくないってことだよ。確か研究オタクでそれ以外のことはまったく興味がないんだって言われてて……」
「ええ? 人違いじゃないの? そんな人が藍を助けるために結婚してくれるとは思わないけど」
 陽菜は訝しむが、藍は納得だ。
「たぶんわっくんが言ってる人と同一人物だよ。研究にしか興味がないって自分で言ってたし。だから研究のために結婚してくれたんだよ」
 確かにあの無表情さはヒューマロイドみたいだった。
「なるほどー。優しさではないってことだね」
「そういうこと。現に私が引っ越しをしてきて、一週間まったく帰ってきてないもん。研究に没頭してる時は何週間も帰らないって」
「まじで⁉︎ そりゃ徹底してるね。でもそれでいいの? 一応夫婦なのにさ」
「問題ないよ。その方が私も気楽だし」
 彼自身に苦手意識はないが、それでも他人は他人だ。広いとはいえ、ひとつ屋根の下にいるとなれば気を使う。
「そ、そんなの許せない!」
 突然弥に大きな声を出されて藍と陽菜は目を丸くする。
「だって藍ちゃんの体調を管理してくれるから社長は藤堂先生との結婚を勧めたんでしょう? それなのに一週間も帰らないなんてあり得ない!」
「ま……毎日、体調のデータは送ってるから、それでチェックしてるよ。あまりお互いにかかわらないほうがうまくいくし……」
 驚きながらそう言うと、弥は納得してない。気持ちを落ち着かせるように紅茶を飲む。
「てかさ、てかさ。藍は自由のために結婚したんでしょ? これから自由を満喫するんでしょ? せっかくだから恋愛も体験させてもらいなよ」
 陽菜からの提案に咳き込んだ。
「ちょっと、はるちゃん! 藍ちゃんに変なこと言わない」
「もーさっきからなにを怒ってるのよ弥は。うるさいな。ねえ、藍、こんなチャンス滅多にないよ。あんなかっこいい人と夫婦になれるなんてさ」
 わくわくしてるところ申し訳ないとは思いながら、藍は現実を説明する。
「確かに彬さんはカッコいいけど、それは無理だと思うよ。女性に、というか人間にあまり興味がないみたいだし。お互いに絶対に好きにならないって約束したんだ。そんなこと言ったら離婚されちゃう。もちろん私も望んでないし」
「え、離婚。そうなの」
「うん。無駄なことが嫌いだから研究に必要ないことはやりたくないんだってさ。恋愛体験なんてもってのほかじゃないかな? それに私も恋愛は本の中で十分ですから」
 とりすましてそう言うと、陽菜が残念な顔になった。
「あー……ね」
 本の虫、とよく言われる。陽菜曰く、現実の恋愛は本の何倍も素晴らしいらしい。
「その趣味はいいんだけど、現実はまたべつだと思うよー。まぁいいか。それで藍は手に入れた自由時間、なにをするつもりなの?」
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