藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 彬は眉を寄せた。
「患者数なら他のチームも似たり寄ったりだと思うが」
「まあ、それはそうだ。だからこそ危ういんだよ。他のチームの主任が決定権のある教授と仲良くして、こちらの薬は市場でも求められてますよ、と営業されたらひとたまりもない」
 その言葉に彬はさらに眉を寄せた。
「俺に営業しろというのか」
「ちょっとは愛想よくしておいた方がいいんじゃないの?って話だよ。まあ、そもそも製薬会社の方で研究費削減っていう話も、噂に過ぎないんだけど。忠告はしたからな。お疲れ」
 肩をすくめて彼は部屋を出ていった。
 彬はそのまま三橋が出ていったドアを睨む。
 これまでも、これからも意味なく愛想を振り撒くつもりはまったくないが、研究が絡むなら話はべつだ。
 するといきなりドアが開く。高橋と水沢という男女の助手が入ろうとしてビクッとしてフリーズした。
 食堂にでも行って戻ってきたのだろう。
「びっ……くりした! と、藤堂先生……お疲れさまです」
「お疲れ」
 答えてくるりと踵を返して自分の席ついた。
 背後でふたりがひそひそと囁き合う声が聞こえる。
「怖かったー……。なんだったんだよ」
「ふふふ、電池切れかと思ったね」
 彬は学内では恐れられているらしいし、助手ふたりも「怖い怖い」と言っているが、こんな会話を無防備にするあたり、本気で怖がっているとも思えない。
 上下関係の厳しいチームもあるというし、人によっては言語道断だろう。だが彬は無視するに留めている。パワハラだなんだと言われてはかなわない。
「ねえねえ、今夜の飲み会、本当に藤堂先生を誘わなくていいかなぁ?」
「この前、もうそういうのは誘わなくていいって言われただろ。誘ったら逆に叱られるよ」
「だけど第四の子がさあ、藤堂先生に来てほしいってしつこいんだって。まぁ気持ちはわからなくない。見た目はめちゃくちゃかっこいいし」
「いや、来るわけなくないか?」
 ——くだらないと心底思う。愛だの恋だの、彬がもっとも無駄だと思う要素だ。
「だけどさぁ、先生は優秀だし、お年頃だし、みんな妻の座を狙ってんのよ」
「はー……。怖いもの知らずだねぇ」
 ——俺が結婚などするわけがないだろう。
 そもそも彬は、恋愛感情などというものはまったく信用していない。それなのにそんな不確かなものを根拠に他人と一生一緒にいる契約を結ぶなんて。
 そんなコスパの悪いこと、考えるだけで虫唾が走る。
 人間の寿命には限りがあり、睡眠時間を省くと使える時間はそう多くない。
 そう、無駄なことはなにひとつやりたくないのだ。
『ちょっとは愛想よくしておいた方がいいんじゃないの?』
 つまり三橋の戯れ言に従うつもりはまったくない。 天下もほしくないし、ましてや結婚など絶対にごめんなのだから。
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