藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 その後は実現できていない。
「毎日帰ってるのはその通りだが、お前の予想は間違いだ。帰宅は……たまたまだ」
「たまたまあ? 学内に充電器があると言われていたお前が毎日帰っておいてそれはないだろ。べつにそんな恥ずかしがることじゃないだろ? さすがにあれだけ可愛ければ誰だって絆される……いやもしかして、研究費のためだとか言ってたけど、本当はあとあと攻略するつもりだったとか?」
 肘でぐりぐりと突いてくるのを避けながら「違う」と否定した。
「じゃあなんで帰るんだよ」
「だからたまたまだと言ってるだろう」
「ふーん? でも可愛いとは思うだろ?」
「俺は他人をそういう基準では評価しない」
 それは本心からだった。
 現に今も、藍が可愛いか?と問われたら、わからないという答えになる。
 だがそこでふと脳裏に、目を輝かせて人参を剥いていた彼女の横顔が浮かび、その現象に戸惑った。
 あの目の輝きと、楽しいと言った時の笑顔は……少なくとも、記憶には残っている。
「またまた〜俺の目は誤魔化せないぞ。お前は明らかにいつもと違う。何年お前を見てると思ってるんだ?」
 お前は俺のなんなんだと彬は嫌な気持ちになる。が、言うもの面倒なので黙っている。
「助手の高橋くんには、恋の病だと言っておいたよ」
「お前……」
「ちなみに奥さん中身はどんな感じ? 派手ではなさそうだし、深層の令嬢って感じ? 控えめな?」
「いや、そうでもない。どっちかっていうと、無茶をするタイプだな」
 なにせ料理第一日目で、有名シェフのレシピにチャレンジしようとしていたくらいなのだから。
「え、意外とじゃじゃ馬なんだ」
「いやじゃじゃ馬とも違う。無鉄砲というか、世間知らずだから目が離せないというか」
 つい本音が口から漏れる。
 三橋が「お?」という表情になった。
「それって……」
 そこで彼が首から下げていたスマホが鳴る。研究室からの呼び出した。
「ああ、くそ。もっと聞きたかったのに。次は絶対聞くからな」
 悔しそうにそう言って、三橋はタバコを消し建物の中へ帰っていった。
 彬はため息をつく。
 なぜ他人の結婚にあんなに興味と情熱を傾けられるのか。
 相変わらず理解に苦しむ。
 正直なところ、呼び出しが入ったのがありがたかった。あのままでは本音を口にしてしまいそうだったからだ。
『目が離せない』
 それこそが、今彬を悩ませている問題であり、望んでもいなかった毎日帰宅という状況に彬を追い込んでいる原因だ。
 藍と結婚してから今日でちょうど三週間。
 研究に張り付いて没頭できたのははじめの十日間のみ。残りは不本意ながら帰宅している。
 そうせざるを得ないのは、自分の留守中に藍がなにかをやらかさないか、どうしても気になるからだ。
 いくらなんでもそこまで過保護になる必要はない。
 彼女だって大人なのだから滅多なことはないはずだ。
 それはわかっているのだが、それでもどうにも心配なのは、"シチュー事件"の後遺症だろう。
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