藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 初心者の腕では凝ったものはできないが、初心者用のレシピ本は丁寧な解説が載っていて、初日のような失敗もなく食べらられるものができている。
 それになんといっても彼は一日中働いた後なのだ。
 自分にはできないことをやっている人すべてを尊敬しているから、もしお腹が空いているなら食べてほしい。そんな気持ちからだった。
 ——まあそれもただの自己満足でしかないんだけど。
 もしかしたら断れずに付き合ってくれていただけかもしれない。それなのにその上熱を出したなんて、もはや迷惑でしかない。
 とりあえず少し寝て様子をみよう。
 明日になっても熱があったら、連絡しよう。
 そう決めて目を閉じると、すぐに意識が遠のいて、夢か現実かわからない世界が広がった。
『だから無理をするなと言ったんだ』
 険しい表情で藍を叱るのは、心配しすぎて怒っている父だ。あれは確か中学生の頃の遠足だ。車で現地まで送ると言った父に背いて、みんなと一緒にバスで行った。そしてその夜、熱が出た。
『あまり周りを心配させないようにしようね。藍ちゃんが元気じゃないとみんな悲しいよ』
 次に浮かんだのは小さい頃、藍を担当してくれていた看護師さん。
 外で遊びたいと言う藍に困り果てての言葉だった。
 藍にできるのは、まわりに心配をかけないように、なにもしないこと。
 ただそれだけ。
『お父さんのおかげで最先端の治療を受けられるのに、いったいなにが不満なんだか』
 確かあれは院内学級の子に付き添っていたお母さんたち。
 わかってる、だからもうわがままは言わない。
 だけど……。
 私だってこんな風になりたくてなったわけじゃない。
 私だって、みんなみたいにあれもこれもやってみたいのに……!
 ——おい、……ぶか?
「藍?」
 その声で、藍ははっと目を覚ます。
 涙に濡れた視界に、見慣れない天井。心配そうに自分を覗き込んでいるのは……。
「……あき、らさん?」
 悲しくて寂しい過去のような夢から、現実に戻ってきたのだ。
「大丈夫か? 熱があるんだな?」
「あ……すみませ」
「いい、寝てなさい。だが飲めそうなら水分をとれ」
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