藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 そして一時間後、指定されたレストランの個室で、彬は大須賀と向かい合っている。
「君とは長い付き合いだけど考えてみればこんなふうにふたりで話をするのはじめてだな」
「お時間いただきありがとうございます。大須賀社長が忙しいのは存じ上げていたのですが」
「いやいや、こちらも近々君と話しをしたいと思っていたので好都合だ」
「私と、ですか?」
 さっそく本題に入ろうと思っていた彬は意外なことを言われて瞬きをする。
 大須賀とは古い知り合いではあるものの個人的に親しいわけではない。言葉を交わしたのは恩師の告別式以来だ。そんな自分になんの話があるのだろう?
「ああ、だがまずは君の話を聞こう」
「いえ、社長からお願いします」
 気になりすぎて先を譲ると彼は頷いた。
「そうか、では私から。君も忙しいだろうし、単刀直入にいこう。藤堂くん、君は見合いをする気はないかね?」
 ニコニコ笑ってそう言う相手に、彬は肩の力が抜ける。なんだと口から出そうになった。
 古い知り合いで今は大スポンサーだから、研究に関わることかと思い緊張したが、なんのことはないくだらない話だった。
 そしてここ最近、言われすぎてうんざりしてる話題でもある。
 二十代後半に入ってから持ち込まれた見合い話は数知れず。ドクターであり研究者でもあるという肩書きは、どうやら世間的にはそれなりの価値があるらしい。
 主には収入面に魅力を感じるのだろう。
 子孫繁栄は生き物としての本能だ。優秀なDNAを取り込み、子孫をなるべくいい環境で育てたいと思うのは自然な考えであり、だから彬は誘いをかけてくる女性の行動原理は理解できる。
 応える気はまったくないが、歳をとれば収まるだろう。
 だがこういった紹介をしてくる輩についてはまったく理解不能だった。
 他人と他人をくっつけて、いったいなにが楽しいのか。
 それこそ無駄の極みだ。理解に苦しむ。
 いずれにせよ、彬はすべての誘いに対してノーを貫いている。限りある時間と、限りあるエネルギーを無駄なことに費やすつもりは毛頭ない。
「ありません」
 キッパリと断ると、大須賀が眉を下げた。
「だけど君は、確かもう三十二じゃないか? そろそろ身を固めることも考えなくては」
「いえ私は一生結婚するつもりはありませんので。お気遣いは無用です」
「なんと、そうなのか。しかしそれでは寂しいだろう? 家族がいるというのはいいものだぞ」
「いえ、私は研究ができれば幸せなのです。研究に必要ないことは一切したくないのです」
 断った後のやり取りももう幾度となくした。
 だから言葉がつるつると出る。
「なるほど」
 大須賀がやや鼻白んだ表情になった。
 申し訳ないとは思うものの、まったくその気がないのに、期待させる方が余程不誠実だ。その分、相手の時間を奪うことになるのだから。
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