藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 少し声が上擦ってしまうのは、どうしてか熱が出た次の日の朝の謎のドキドキを思い出したからだ。
「生活に問題ない? その……先生との関係で困ってることとか」
 医者が女性関係がだらしないというあたりを気にしているのだろう。
「もう、わっくんは心配性だね。大丈夫だよ。でもありがとう」
 仕事ぶりを見にきたふうだが、本当はそっちがメインだったのかもしれない。彼は大きく息を吐いた。
「じゃあ、当初の話通り、ルームシェアって感じなんだね」
「う、うん……」
 ドキッとしながら、藍は答える。
 それはその通りだが、当初の約束通りとは言えなかった。
 あれからも毎日彼は帰宅する。藍が料理をする日はそれを、しない日は彼がテイクアウトを買って帰ってくれるから毎日一緒に夕食を食べている。
 弥が心配しているようなことはなにもないし、ちょっと親しいルームシェアの範囲だとは思うけれど……。
「よかった。なにか困ったことがあったら言ってね。夜中でも飛んでいくから」
「ありがとう、でも大丈夫だよ。彬さん、ヒューマロイドって言われるほど冷たくないと思う」
 心配性の幼なじみを安心させたくて、藍はそう付け足した。もう仕事中にわざわざ来なくてもいいように。
「この前、熱が出た時も一晩中看病してくれて——」
「熱が?」
 遮られて口を閉じる。
 弥の険しい表情を見て、しまったと思う。
 が時すでに遅しだった。
「いつ? 受診した? ていうか、ボランティアに来てていいの?」
 矢継ぎ早に問いかけられ、慌てて藍は口を開いた。
「先週、ちょっと疲れが出たみたい。一晩で下がったから受診はしてないけど、彬さんから主治医の先生に連絡は入れてもらってるし、ボランティアに復帰する許可は出てるよ」
 早口で説明するが、弥は納得していない。
 困ったな、と藍は思う。
 こんな時、弥が父とダブって思える時がある。陽菜がいれば、うまく間に入ってくれるのだが。
「藤堂先生は熱が出た藍ちゃんがボランティアを続けてもいいって言ったの? それって体調管理してるっていえないよね」
「だから、下がったからだってば。彬さんはドクターなんだから信用できるよ。それに私だってそんなに長くは休みたくないし」
「でも、藍ちゃんは身体のことを一番に考えないと。そのために休んでも大丈夫なボランティアにしたんでしょう。藤堂先生って責任感がない方なのかな……」
 心配するあまり彬に怒りを向けそうになる弥を説得する自信が藍にはなかった。
「私、もう行かなきゃ。午前中にこのカートを全部戻しておきたいんだ。来てくれてありがとう。また三人で会おうね」
 そう言うと彼はしぶしぶ頷いた。
 帰っていく弥を見送って、藍はほっと息を吐いた。
 再びカートを押しながら書庫の間を進む。
『休んでも大丈夫なボランティアにしたんでしょう』
 さっき弥に言われた言葉に胸がつきんと痛んだ。
 ボランティアはもともと休んでも大丈夫な作業を割り当てられていて、休んでもさほど迷惑はかからない。
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