藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 弥の言う通り、だからこそここを勧められたのだ。
 想定内の出来事だったとはいえ、やはり自分には"仕事"は無理だと思い知らされる出来事でもあった。
 ——でも、焦らないもん。
 彬から言われたことを心の中で唱えると、胸の痛みがすっと消えていく。
『君はまだ成長の途中だろう』
 成長。
 その言葉を藍に言ってくれたのは彼がはじめてだった。生命すら危うい時期があった藍に、周りはとにかく甘かった。
 つらいことはしなくていい、なるべく楽しいと思えることをやるべきだ。
 それがもしかしたら短い人生かもしれない藍に対する思いやりだったのだろう。
 勉強ですらやれる範囲でいいと言われ大学卒業にもこだわることはないと……。
 そしてそう言われ続けているうちに自分でもどこかでそれを諦めるようになってきた。
 けれどそんな藍に彬は成長という言葉を使ってくれた。
 それは距離がある関係だからこその冷静で一般的な表現だ。それでもその言葉は藍の心のなにかを変えた。そして今、まるで新しい世界にいるような気持ちだった。
 自由になりたい。
 いろいろなことを体験したい。
 それは前と変わりないがその経験を通して成長し、できることを増やしたいと思っている。
 手術まで長くてあと二年。
 その先はどうなるかわからない。もしかしたら意味のないことかもしれない。
 けれどそんなことはどうでもいい。
 やれることを増やしたい。
 そのために、できることをやろう。
 藍はそう思っていた。
< 84 / 141 >

この作品をシェア

pagetop