藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 バカにしたつもりはないが、あまりにも話が飛びすぎてそう言うと、珍しく彼の方がムキになった。
「君が結婚に関して思い切りがよかったのはなにか訳があるのかと思ったんだ。具体的に結婚したい相手がいて、でも身体のことがあるから諦めたのかと……」
「そうじゃないです。具体的な相手なんていない。私、恋愛的な意味で人を好きになったことないですから。わっくんは本当にそんな相手じゃなくて家族みたいな感じです。あーびっくりした!」
「びっくりってことはないだろう。現に相手の男は……」
 そこで彼は言葉を切り「まあそれはいいか」と呟いた。
「彬さん?」
「いや、なんでもない。とにかくもしそうだったら、今後の対処法を決めなくてはならないと思ったんだ。……本当になんでもないんだな?」
「全然ないです。あ、だけどそこまで心配してくださったことは感謝します。ありがとうございます」
 結婚期間が終わった後のことまで、考えてくれていたなんて意外だ。身体の健康だけでなくメンタルケアもしてくれるなんて。
 やっぱり思っていたよりも彼は優しい人なのだと藍の胸はあたたかくなる。
 彼の方は「ならいいが」と言って食事を再開した。
 彼に習い、藍もスプーンを動かす。そして内心で首を傾げた。
 さっきとは打って変わって、彼の食事のスピードがスムーズになっているからだ。どこかスッキリとしたようにかぼちゃグラタンを食べている。その様子はもういつもの彼だった。
 もしかして、と藍は思う。
 さっき彼が言っていた『気になること』というのは、弥の話なのだろうか?
 今答えが出てスッキリしたからもとに戻った?
 そんな考えが頭をよぎる。
 けれどすぐにそんなはずはないと思い直した。
 誰にも作り出せていない新薬の開発をする人が、こんな些細なことで頭を悩ませるはずがない。ましてやそれで挙動不審になるなんて。
 そんなわけない、そんなわけない。
 彼の頭の中には『気になること』がまだあるはず。邪魔をしてはいけないからさっさと食べなくてはと思い、せっせとスプーンを進めていると。
「なんだ、やけに静かだな」
 面白くなさそうに彼が言う。
「え?」
「いつもはもっと話をするじゃないか」
「それは……。彬さんが気になることがあるみたいだから考えの邪魔をしてはいけないと思って」
「それはもういい、……解決した」
「え?」
 小さな声だったので聞き取れず、藍が首を傾げると、彼は咳払いをした。
「——いや、君がいつもと違うと落ち着かな……いや、た、体調が悪いのかと心配になる。だからいつもと同じにしていなさい」
 それはつまり、雑談をしていいということだ。
 藍の雑談を聞きながらでも考えごとくらいはできるということだろう。
 つくづくすごい人だ、と心の底から感心する。
 それと同時に今日の日中、道で出会った猫のことが頭に浮かんだ。
 彼の言葉に甘えることにして、藍は口を開いた。
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