藤堂彬の誤算だらけの結婚生活
 そっけなく言って手を取り、絵馬のある方へ歩いていき藍の分をひとつ買った。
 簡易に並べられた机の上でマジックを渡された。
「ほら願い事を書くんだ」
「願い事……」
 マジックを手になにを書けばいいのかと考えてみる。少し前なら、この中に書ききれないほどのたくさんあった。
 料理がしたい、ひとりで出かけたい、ボランティアがしたい……。
 今はそのどれもが叶った。
 そして今願うのは……。
 ちらりとあることが頭に浮かぶがそれを藍ははらいのける。そして、よしと思い絵馬にデカデカと"成長"と書いた。
 藍の手元を覗き込んで、彼はふっと笑った。
「あ、他力本願って思いました?」
「いや、字がでかいなと思っただけだ」
「思いが強いですからね。あまり時間もないですし」
 そう言いながら名前を書いてキャップを閉じると、自分のことをじっと見つめる彼と目が合った。
 それがもの言いたげに思えて首を傾げる。
「彬さん?」
 問いかけると彼は金縛りから解けたようにハッとした。
「……書けたら結びつけるんだ。どこでもいいみたいだが、あっちの方が人がすくない、あっちへ行こう」
「はい」
 よく見える場所を見つけて、無事に結びつけて完了だ。ふたりして参道を戻る。
 行きも通った屋台の道を戻る形だ。
 人混みに入る前に、彼は足を止めて振り返った。
「なにか食べるか?」
「……え?」
「せっかく来たんだから、屋台を楽しんだらどうだ? 屋台のものを買いたいんだろう?」
「いいんですか⁉︎ やった!」
 興奮して大きな声でそう言うと周りの人が振り返る。
「……す、すみません」
 謝る藍のすぐ近くで。
「じゃありんご飴買ってあげようか」
「やったあ‼︎ パパ大好き!」
 小さな女の子が声をあげて、父親と思しき男性に抱きついている。
 思わず彬を見ると、藍と同じことを思ったのかぷっと噴き出した。そのまま肩を揺らしてくくくくと笑い出した。
「まったく同じ反応じゃないか……!」
 こんな小さな子と同じだなんて失礼なと藍は頬を膨らませる。
「彬さん、ひどい」
 それでいて胸がドキドキと飛び跳ねている。こんな風に手放しで笑うところを見るのははじめてだ。
 なぜか頬が熱くなって、とても直視できない。それでいてもっと見ていたいような不思議な気持ちだった。
「悪い」
 一応は謝り、けれど笑ったまま彼は参道に目をやった。
「君が寄りたいところ全部寄ろう」

 出かけたのは午前中だったが、家に帰ってきたのは夕方だった。今日はもう動くなと言われ、リビングに座らされる。
「夜ごはんは俺が準備する。とりあえずそこにいて。様子を見るから。温かいお茶を淹れる」
 少し慌てたように彬は言ってコートを脱いでいる。
「あまりに楽しそうだから止められなかった……」
 ソファに座りキッチンへ行く彬の背中を見つめながら、藍は幸せな気持ちになっていた。
 あれから彬は本当に屋台を好きなだけ堪能させてくれた。しかも途中で雪が降ってきたのだ。はじめて外で雪を見られて嬉しかったけれどもう帰ろうと言われるかとドキドキした。
 けれど彼はそうは言わずに身体が温まるだろうと言って甘酒の屋台へ寄ってくれたのだ。
 ただ医師として体調管理のためにいてくれたのはわかっている。それでも一緒にりんご飴をかじったり、たこ焼きを食べたりするのが楽しかった。
「藍、疲れたのか? 今日はもう寝るか?」
 センターテーブルにコトリとお茶が置かれて、藍は目を開く。心地のいい疲労に寝そうになっていた。
「そうですね……。ちょっと疲れたかも。でも楽しかった……」
 再び目を閉じたまま幸せな気持ちに浸る。
「彬さん、ありがとうございます。私、彬さんと結婚してよかった……」
 心からの言葉だ。
 本当に彼と結婚して自由を手に入れられて……と思いながら目を開くと、彼は目を見開いている。
「彬さん?」
「いや……なんでもない」
 そう言って彼はコーナーソファの藍の斜向かいに腰をおろした。そしてしばらく考えている。
 そして「絵馬に……」となにかを言いかける。
「……え?」
 よく聞き取れなくて目を開くと「いやなんでもない」と彼は答えた。
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