キミが家族になった、その日から。
「ただいま」
玄関から聞こえた声に、夏音は思わず顔を上げた。
さっきまで学校で女子生徒と楽しそうに話していた涼が、何事もなかったように靴を脱いでいる。
「おかえり…」
自然に言葉は出たものの、心の中は落ち着かなかった。
「……どうした?」
涼が不思議そうに聞く。
「え?」
「元気ないから」
「そんなことないよ。」
──笑ってごまかすけど、涼は少しだけ眉をひそめた。
「無理して笑うな。」
その一言に胸が締めつけられる。……優しくしないで。
そんなふうに心配されたら、もっと好きになってしまう。
「本当に平気だから。」
私はそれだけ言って、自分の部屋へ逃げるように駆け上がった。
ドアを閉めると、ベッドへ倒れ込む。
「……最低。」
──嫉妬なんてしたくない。家族なんだから。
それなのに、知らない女の子が涼の隣にいるだけで苦しかった。
──翌日。
待ちに待った文化祭当日。校内は朝から大勢の人で賑わっていた。
夏音はメイド服に着替え、鏡の前で深呼吸をする。
「かわいい!」
美優が笑顔で拍手をする。
「夏音、絶対人気出るよ!」
「そんなことないって。」
照れながら教室へ向かうと、早速お客さんが次々と入ってきた。
──接客に追われ、気づけば昼休み。
「柴崎さん。」
聞き慣れない男子の声。
振り返ると、隣のクラスの男子が立っていた。
「もし休憩終わったら、一緒に文化祭回らない?」
「えっ?」
突然の誘いに戸惑う。
「前から話してみたいと思ってたんだ。」
──断ろうと口を開いた、その瞬間。
「夏音。」
低い声が二人の間に割って入った。
振り向くと、涼だった。
文化祭実行委員の腕章をつけたまま、真っ直ぐこちらを見ている。
「先生が呼んでる。」
「え?」
「今すぐって」
夏音は慌てて男子へ頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。」
「そっか……また今度。」
男子は少し寂しそうに笑って去っていく。
教室を出たところで、夏音は立ち止まった。
「先生って……。」
「呼んでない。」
「え?」
「嘘。」
一瞬、言葉を失う。
「なんでそんな嘘ついたの?」
涼は目を逸らしたまま、小さく息を吐く。
「……あいつと行くの、嫌だった。」
「え……?」
「自分でも意味わかんない。」
──その横顔は、どこか悔しそうだった。
「家族なのに。」
「家族だから……」
そう言いながらも、涼自身、その理由を説明できなかった。
夏音は胸の鼓動が速くなるのを感じた。
──もしかして…なんて、期待してしまう。
でも――。
『俺のこと、絶対好きになるな。』
あの日の言葉が、心にブレーキをかける。
「…ありがとう。」
夏音はそれだけ言って笑った。
涼も小さく笑い返す。
その笑顔だけで十分だった。