キミが家族になった、その日から。
第3章
聖夜の、クリスマス
停電が復旧してしばらくすると、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま!」
母と継父が、大きなクリスマスケーキを抱えて帰ってくる。
「停電、大丈夫だった?」
「うんっ」
──夏音は笑って答えた。心配かけたくなかったし。
けれど、さっきまで涼と手をつないでいたことは胸の奥にそっとしまっておく。夕食はいつもより少し豪華だった。
チキンにサラダ、グラタン。食卓には笑い声があふれている。
こんな時間が、ずっと続けばいい。
──夏音は心からそう思った。食事のあと、母が嬉しそうに小さな箱を二つ持ってきた。
「はい、二人にクリスマスプレゼント。」
「え?」
「社会人になっても毎年あげるつもりだけど、高校生の今は特別だから。」
──夏音が箱を開けると、淡い水色のマフラーが入っていた。
「かわいい……!」
隣では涼が黒いマフラーを受け取っている。
「…ありがとうございます」
ぶっきらぼうだけれど、どこか照れくさそうだった。その日の夜。
──部屋へ戻ろうとすると、廊下で涼と鉢合わせた。
「夏音。」
「なに?」
涼は少し迷うようにポケットへ手を入れる。
「これ。」
差し出されたのは、小さく包装されたプレゼントだった。
「えっ?」
「……たまたま見つけた。」
「クリスマスだから。」
相変わらず素直じゃない。でも、その耳が少し赤くなっていることに私は気づいた。
「開けてもいい?」
包装をほどくと、中から小さな星のチャームがついたキーホルダーが現れた。
ガラスの中に、青い星がきらきらと輝いている。
「きれい……。」
「この前、お前が雑貨屋で見てただろ。」
夏音は驚いて顔を上げた。
「あれ、覚えてたの?」
「……なんとなく。」
その”なんとなく”が、どれほど嬉しかったことか。
夏音は思わず笑顔になる。
「ありがとう。すごく嬉しい。」
その笑顔を見た涼は、安心したように小さく息を吐いた。
───翌日。
雪が降った。
この冬、初めての雪だった。
「夏音!」
美優が窓の外を指さす。
「積もるかも!」
昼休みになると、校庭へ飛び出す生徒たち。雪を投げ合い、はしゃぐ声が響く。
───夏音も窓からその景色を眺めていると、ふと視線を感じた。
教室の後ろ。涼がこちらを見ていた。
目が合う。一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、涼が優しく笑った。誰にも気づかれないくらい、小さな笑顔。でも、その笑顔は夏音だけに向けられたものだった。
───放課後。
二人は少し時間をずらして家へ向かう。
学校では他人。家では家族。その約束は今も変わらない。
──住宅街へ入ると、後ろから足音が聞こえた。
「夏音…」
振り返ると、涼だった。
「一緒に帰るか。」
「学校では他人じゃなかった?」
「もう学校じゃない。」
───少し照れたように言う涼に、夏音は笑った。二人並んで歩く帰り道。
冬の雪が静かに降り積もる。
「寒いな。」
そう言った涼は、自分の黒いマフラーを外した。
「え?」
「貸す、ほら」
「でも涼が寒いよ。」
「俺は平気。」
そう言って、夏音の首にそっと巻いてくれる。指先が頬に触れた。
──その瞬間。
胸がぎゅっと苦しくなる。
「……涼、」
そっと名前を呼ぶ。言いたいことは一つだけだった。
───好き。その一言が喉まで込み上げる。
だけど――。
『俺のこと、絶対好きになるな。』
あの日の言葉が、また心を締めつけた。
「……ありがとう。」
──結局、それしか言えなかった。涼も何かを言いかけて、静かに飲み込む。
「風邪ひくなよ…」
「うん。」
たった、それだけの会話。それだけなのに、二人の心はもう”家族”という言葉だけでは説明できない場所まで来ていた。
降り続く雪は、二人の足跡をゆっくりと白く染めていく。
この幸せな時間が、ずっと続くと信じていた。
──まだ二人は、この先に訪れる大きな別れを知らなかった。