キミが家族になった、その日から。
これからも、君と。
うだるような、髪がくっ付くようなそんな暑さじゃないけど、どこか風がほしい暑い夏……
───住宅街を抜け、小さな坂道を上る。
高校時代、母の命日に何度も訪れた霊園だった。
初夏の風が木々を揺らし、柔らかな日差しが石畳を照らしている。
二人は花束を供え、静かに手を合わせた。
───私は目を閉じる。高校時代の頃はこうして目をつぶって母との思い出に浸っていたっけ。
母を失ったあの日の悲しみは、今でも胸の奥に残っている。だけど、その悲しみだけが母との思い出じゃない。
───笑ってくれた日も。
───叱ってくれた日も。
───「幸せになってね」と優しく頭を撫でてくれた日も。
────全部、宝物だった。
「お母さん。」
夏音は小さく微笑む。
「私ね、ちゃんと笑えるようになったよ。」
頬を撫でる風が、どこか懐かしかった。
「大学にも慣れたし、友達もできた。」
「それにね……。」
少し照れながら隣を見る。
「涼は今でも…、私の一番大切な人だよ。」
その言葉を聞いた涼は、一歩前へ出て手を合わせる。
「お義母さん。」
夏色の風が吹いたとき、涼の声がした。それは…優しくて、今にも壊れそうな高級なガラスみたいな繊細な声で……。
その声も、その呼び方も、初めてだった。
「高校生だった俺は、幸せになることが怖かったです。」
「誰かを好きになることも、家族を失うことも、全部怖くて逃げていました。」
───ふふっと、少しだけ笑う。
「でも、夏音が教えてくれました。」
「人を好きになることは、誰かを裏切ることじゃないって。」
「大切な人を想い続けながら、新しい幸せをつくってもいいんだって。」
静かな時間が流れる。風が吹き、供えた花がそっと揺れた。
まるで母が「うん」と頷いてくれたようだった。
霊園を出ると、二人は高校へ続く坂道を歩いた。
「あの日のこと、覚えてる?」
夏音が笑う。
「『好きになるな』って言われた日?」
「……忘れられるかよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
「あのときは、本当に嫌な人だと思ってた。」
「俺も、嫌われるつもりで言った。」
「でも、結局好きになっちゃったね。」
「俺の負けだな」
涼は照れくさそうに頭をかく。
夏音はくすっと笑い、そっと涼の手に自分の手を重ねた。
今度は誰も、その手を離さなかった。
「夏音。」
「なに?」
「大学を卒業したら…」
涼はまっすぐ前を見つめながら言う。
「今度は離れない。」
「ちゃんと働いて、胸を張って、お前を迎えに行く。」
───私は思わず、目を潤ませる。
「だから……もう少しだけ待ってて。」
涼、わたし未来を約束してくれるその言葉だけで十分だよ……。私は何も言わず、小さく頷いた。
「待つよ。」
「何年でも。」
「だって、私の未来には最初から涼がいるもん。」
その言葉に、涼は優しく笑った。
「ありがとう。」
───二人はゆっくり歩き出す。
見上げた空は、高校を卒業した日と同じくらい青かった。
あの日、「好きになるな」と言った少年は、もういない。
隣には、大切な人の幸せをまっすぐ願える青年がいた。
そして、その隣には、どんな遠回りも一緒に歩くと決めた少女がいる。
恋は、奇跡なんかじゃない。
傷つき、迷い、何度も立ち止まりながら、それでも相手を信じ続けた先にあるもの。
だから今日も、二人は同じ未来へ歩いていく。
春に始まった恋は、季節を越え、時間を越え、これからも続いていく。
――キミとなら、この先のどんな春も、きっと幸せだから。