冷徹営業トップは私の限界オタクでした

第11話「お礼のクッキーは渡せませんでした。」

五月最後の月曜日。
営業部担当が今週の金曜日まで延長された陽菜子は、今日も神崎の隣で仕事をしていた。

神崎に思いを寄せる白石にとって、陽菜子が今週も営業部にいることは面白くなかった。
しかし、いつも隣に神崎がいる。
神崎が陽菜子のそばを離れないのは、自分が先週したことのせいだと白石にも分かっていた。それでも、二人が隣り合って仕事をする姿を見るのは耐え難かった。

月曜日も、神崎は陽菜子の隣をほとんど離れなかった。そんな二人を、白石は苛立ちを隠せないまま見つめていた。


そして翌日の火曜日――。
陽菜子は引き出しにしまっていた小さな紙袋を見た。神崎へのお礼にと、駅前の新しい店で買ったクッキーだった。

(クッキーは昼食後に渡そう。)

始業時間になると、神崎はいつものように陽菜子の隣で作業を始めた。

「神崎さん。白石さんが私に何かしてくることも、もうないと思います。ずっとそばにいてくれなくても大丈夫ですよ? 」

「え、でも…」

先週の水曜日の午後から、神崎は外回りを減らし、ほとんど陽菜子のそばで仕事をしていた。そのせいで営業成績に影響が出始めていることを、陽菜子は心配していた。

白石は二人のやり取りをじっと見つめていた。
陽菜子が自分から神崎を遠ざけようとしている。
今なら、彼を連れ出せるかもしれない。

「神崎さん。今日、私が担当している商談、一緒に来ていただけませんか?先方は大口の新規顧客で、どうしても神崎さんの力をお借りしたいんです。」

白石が神崎に声をかけた。
神崎はすぐには答えなかった。陽菜子を一人にすることには抵抗がある。だが、白石を自分と一緒に連れ出せば、少なくとも彼女が陽菜子に近づくことはない。

「わかりました。」

神崎は短く答えると、陽菜子へ向き直った。

「春宮さん、それでは外回りへ行ってきます。何かあれば、すぐに連絡してください。」

「はい。お二人ともお気をつけて。」

陽菜子は二人を見送り、自分の仕事を再開した。

「春宮さん、この領収書、取引先の名前と食事の目的も書いてきました!」

佐藤が記入漏れのない領収書を渡してきた。

「きちんと書いてありますね。では、こちらで処理しますね。」

佐藤は嬉しそうに自分のデスクへ戻っていった。
陽菜子はふと、隣の空席へ視線を向けた。
神崎と白石が外出してから二時間が過ぎていた。

(ここ数日、ずっと隣にいたちくわくんがいない……。 )

昼前になると、寺内が誰よりも早く外回りから戻ってきた。

「春宮ちゃん。これ、お願いね。」

寺内は交通費の領収書を数枚、陽菜子へ手渡した。

「お預かりしますね。」

「あれ、神崎は?」

「白石さんと外回りへ行きましたよ。」

「へぇ。あいつが春宮ちゃんを置いてねぇ。」

「大口案件があるそうです。神崎さんは営業がお仕事ですから。」

そう答えながら、陽菜子はなぜか胸の奥に小さな寂しさを覚えた。

「今月こそ俺が一位かと思ったけど、大口案件を決められたら、また差をつけられるな。ささっと昼飯食ってまた午後外回りに行くか。」

寺内は足早に社員食堂へ行った。
お昼休みを知らせるチャイムが鳴った。
陽菜子は営業部の入口へ目を向けたが、神崎が戻ってくる様子はない。

「陽菜子~。一緒にランチ行こう!」

同僚の恵美が営業部の入り口で陽菜子を手招きしていた。

「うん、今行くね。」

作業途中の領収書を引き出しに入れ、財布とスマホを持って、恵美と社員食堂へ向かった。

「今日は神崎さん一緒じゃないんだね?」

「うん。営業の仕事が本職だからね。」

「へぇ。陽菜子さっきから入口ばかり見てない?」

「え?見てないよ。」

陽菜子は否定しながらも、食堂の入口をもう一度見ていた。

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