終わらない夜に
その後通報により、社内で暴れた母は警察に連行され、私は救急車で念のため病院へと運ばれた。
検査を終え、しばらく点滴を打たれながらぼんやりとしていると女性医師から伝えられたのはーー
「藤咲さん、妊娠されてますね」
「妊、娠……?」
乾燥して掠れた声でつぶやくと、医師はうなずいた。
「5週目ですね。勤務先で嘔吐されたとのことでしたが、つわりの影響もあったのではないかと」
言われてみて、今朝の微熱や先ほどの吐き気が初期症状だったのだと気づく。そういえば生理もきていない。
戸惑う私に、医師は安心させるように肩に手を添えて微笑む。
「点滴が終わったら今日は帰っても大丈夫です。パートナーの方と今後のことも含めて話をして、どうしていくか決まったらまたいらしてくださいね」
それは、問診票にチェックした【未婚】の文字を考慮しての言葉なのだろう。
処置室を出ていく医師に私は小さくお辞儀をして、その場にひとりとなった。
カーテンで囲われた中、一滴、また一滴と落ちる点滴の液を見ながら、まだ実感のない『妊娠』という言葉と向き合う。
思い当たるのはあの日、初めて名執さんと過ごした夜のこと。
名執さんと体を重ねたのはあの日きりだったけど……でもまさか妊娠だなんて。
率直に言えば、うれしい。
好きな人との間に命が宿るなんて奇跡のようなものだと思うし、夢みたいだとも思う。
それに妊娠の事実を伝えたら、きっと名執さんは結婚を考えてくれるだろう。
優しくて誠実で、ちゃんと愛してくれている人だから。
だけど……頭に焼きつく昼間の母の顔が消えない。
母の言葉が、声が、『幸せになるなんて許さない』とこの心を縛りつける。
……そんなの、私の思い込みだ。
幸せになってはいけないなんて、そんなわけない。
そう、きっと。妊娠のことも昼間の母のことも、名執さんに話したらきっと優しく受け止めてくれるはずだ。
そう信じたい一心で、私は病院を出てから名執さんの会社へと向かった。
名執不動産の本社は、大手町の一等地にある。
いくつものオフィスビルが立ち並び、会社員が早足で行き交う中、私は大きなビルの前で足を止めた。
【名執不動産】と書かれたそのビルは30階はあり、看板を見る限りいくつかの飲食店やクリニック、イベントホールや貸し会議室などが入っているようだ。
そしてそのビルの15階から上がオフィスフロアとなっているようだった。
「すごい、大きなビル……」
つい来ちゃったけどどうしよう。当たり前だけど仕事中だろうし、急に呼び出したりしたら迷惑だよね。
……やっぱり帰ろうかな。
ガラス張りのエントランスを外から覗きながら急に冷静になり、やはり帰ろうと踵を返した。
そのとき、道路沿いに一台の車が停車する。
きれいに磨かれたその黒い車は、車に疎い私でも知っているようなエンブレムをつけた高級車だ。
わ、すごい高そうな車。どんな人が乗ってるんだろ……。
そんなことを思いながらつい目を向けると、車から降りてきたのはひとりの女性だった。