終わらない夜に
栗色の長い髪を緩く巻き、明るめのネイビーのジャケットにチャコールグレーのタイトスカートとシックな色使いのスタイルですらりとした体を包む。
見た目は恐らく50代くらいだろうが、年齢を感じさせないくらい美しくて洗練された印象だ。
でもどこかで見たことがある気がするような……。
綺麗な人、と見惚れてしまうと、車を降りた彼女とたまたま目が合った。
あ、目が合った。
そう思っていると女性は私を見て驚いたように目を丸くする。
そしてすぐこちらへ駆け寄ってきて、私の腕を突然掴んだ。
「えっ、あの」
「あなた……藤咲さんよね? 藤咲つぐみ、さん」
「へ?そうですけど……」
「いつも息子がお世話になってます、名執蒼の母です」
にこりと笑うとその人は私に名刺を差し出した。
手に取るとそこには【名執不動産(株)取締役 名執由美子】の文字が並ぶ。
いつも息子が、って……名執さんの、お母さん!?
想像もしなかった相手との遭遇に、私は慌てて頭を下げる。
「は、初めまして!名執さんとお付き合いさせていただいております、こちらこそいつも大変お世話になって……」
「そんなにかしこまらなくていいのよ。息子に会いに来たの?でも残念、今日は出張中」
「あ……そう、でしたか」
確認もせず来るんじゃなかった。
すっかり勢いを失い落ち込む私に、名執さんのお母さんは思いついたように言う。
「そうだ、せっかくだし家まで送って差し上げるわ。さ、乗って乗って」
「えっ、あの……」
そして私の返答を待つこともなく背中を押すと、強引に車へ押し込んだ。
黒い革張りの高級感あふれる車内、小さくなって座る私の隣で、名執さんのお母さんは膝を組み座った。
運転手はバックミラーで軽くこちらを確認すると、黙って発車する。
言われてみれば綺麗な顔立ちが名執さんとそっくり。さっきの既視感はこれだったんだ。
コーラルピンクのチークとグロスがよく似合うハリのある若々しい横顔を、ついまじまじと見てしまう。
名執さんから『厳しい人』『気が強い人』と聞いてはいたけれど……圧倒されて車に乗せられてしまった。
……あれ、でも。
少しの無言の中、私はふと違和感に気づいた。
「よかった。私あなたに会いたかったの」
前を見たまま言う声はにこやかだ。
けれど目元は笑っておらず、車内の空気が張り詰めるのを感じる。
緊張感から汗がにじむ手を、膝の上でぐっと握った。
「……どうして、私の名前や顔、それに家の方向まで知ってるんですか?」
なにも言っていないのに、車は私の帰る方向へと向かっている。
恐る恐る問いかけると、名執さんのお母さんからは「ふっ」とおかしそうに小さな笑い声が漏れた。
そして足元に置かれていた紙袋から、紙の束をドサッと取り出した。
十数枚あるその紙の表紙には【報告書】の文字がある。
「ごめんなさいね、あなたのこと調べさせてもらったの」
怖いもの見たさで表紙を一枚めくると【対象者 藤咲つぐみ】の文字から始まり、私の年齢や住所、職場からこれまでの過去や経歴など……どうやって調べたのか、私に関するあらゆる情報がまとめられていた。