終わらない夜に
3.すべて思い出
東京を離れることを決め、家具もなにもかも一気に捨てると、手元に残ったのはキャリーケースひとつ分の荷物とお腹に宿る命だけだった。
たったそれだけを抱えて、私は空になった家をあとにした。
もう二度と、この地には戻らないと決意して。
それから4度の夏が過ぎ、今年も9月を迎えた。
夏休みシーズンが終わってもまだまだ暑い太陽の下、山々に囲まれた田舎道を私は自転車でかけ抜ける。
「まずいまずい! 急がなきゃ遅刻するー!」
肩の上でばっさりと切った髪に半袖ブラウスと動きやすさ重視のパンツとスニーカーといった格好で、でこぼことした道を通り抜ける。
その自転車の前後には子供用のシートがついており、男児がふたり声をあげた。
「はやーい! びゅーん!」
「……おしっこいきたい」
「こら、雪人ちゃんと掴まって!冬馬はちょっと我慢!」
ふたりに声をかけながらもペダルを漕ぐ足は止めない。
茶色い猫っ毛に色素の薄い丸い目。男の子にしてはかわいい顔立ちをしたこの子たちは、私の息子の一卵性双生児だ。
私の後ろに座りひかえめに服の裾を掴むのが、大人しくて人見知りがちな冬馬。
その後ろで両手を上げてはしゃぐのが、やんちゃで明るい雪人。
顔も声もそっくりな同じ双子でも、こうも正反対な性格だと面白い。忙しくも楽しい毎日を過ごしている。
なんとか予定通りの時間に保育園についた頃には、私はすでに汗びっしょりだ。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「おはようございます、藤咲さん。雪人くんも冬馬くんもおはよう」
小さな保育園の入り口で自転車から下ろしたふたりを女性保育士さんに預けると、ふたりは挨拶もそこそこにすぐ建物に上がろうとする。
「ふたりとも、ママに『いってらっしゃい』しなくて大丈夫かな?」
保育士さんの言葉にふたりは思い出したように振り向くと、こちらへ戻り小さな手を伸ばした。
「まま、いってらっしゃい!」
「おしごと、がんばって」
笑顔でそう送り出してくれるふたりに、私は右手で雪人に、左手で冬馬にハイタッチをして応える。
「いってきます!」
こんなに小さな手が、今日もこの心を強くしてくれる。
思わず私も笑顔になり、保育園をあとにした。