終わらない夜に
「さっき見かけたけど、そのお偉いさん超イケメンだったよ。つぐみちゃん、再婚相手にどう!?」
「あはは、ないですよ」
再婚というかそもそも私は未婚なのだけれど。
子育てに必死で恋人どころか異性の影すらない私に、周りの人はたびたび縁談を勧めてくる。
子供たちにとってもお父さんがいたほうがいいのかもしれない。
だけどそんな気になれないのは、まだ心に彼がいるから。
「あ、いたいた」
原田さんと話していると、上司である部長がやってきてこちらに目を留めた。
いつもはシャツの上にグレーの作業着を着ていることが多いけれど、今日はシワひとつないジャケット姿で、気合いの入れようが見て取れる。
「藤咲さん、仕事前にごめんね。お茶淹れてきてもらってもいい?」
「わかりました。どちらのお部屋に何人分ですか?」
「応接室に3人分、来客用のいい茶葉で頼むね!」
念押しされ、それが例の〝偉い人〟に出すお茶なのだと察した。
給湯室に行き、いくつかある茶葉のうち一番高級なお茶を選ぶ。湯呑みも一番きれいなものを選んで丁寧に淹れた。
それにしても、そんな大きい会社の偉い人がわざわざここまで来るなんてすごいな。
リゾート開発の話は地域が関わる大きな一件だ。
うちの会社としても、親会社の協力を得て絶対に成功させたい案件なのだろう。
そう思うと私も緊張してしまって、息をひとつ吸ってから応接室のドアをノックした。
「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」
声をかけてからドアを開けると、そこにはテーブルを挟んでソファに座る、社長と常務。
そしてそのふたりと向かい合い座る男性がいた。
明るいネイビーのスーツに栗色の髪、色素の薄い瞳──そう、名執さんだった。
……え……?
どうして、名執さんがここにいるの。
驚きと激しい動揺が顔に出てしまわないようにぐっとこらえる。
すると心の声が聞こえたかのように、奥二重の目がこちらを向く。
仕事中の真面目な表情の彼と目が合った瞬間、息が止まり体が固まってしまった。
「藤咲さん? どうかしたのかい」
社長に不思議そうに声をかけられ、ハッと我に返ると慌ててテーブルにお茶を置く。
じっと見つめられる視線を感じながらも、そちらを向くことはできない。
すると名執さんは、私が置いた海のような青色の湯呑みを手に取る。
「素敵な色の湯呑みですね。この辺りの陶芸品ですか?」
「さすが名執副社長。そうなんです、無名異焼といいまして佐渡島の伝統的な陶芸品なんです」
へぇ、と相槌を打つその穏やかな表情が、やはり名執さんだと実感させた。
「失礼いたします」
役目を終えすぐに部屋を出る。
そして給湯室に戻ったところで、一気に戸惑いと混乱があふれ、私はその場にしゃがみ込んだ。
どうして名執さんがここに?
誰にも言わずにここに来た、居場所が知られるようなこともしていない。
なのにこうして再会するなんて……ただの偶然?いや、そんなことある?
驚きと戸惑い、それ以上に嬉しく思ってしまう。
4年ぶりに見た彼は少し痩せていたくらいで、それ以外はなにも変わっていないように見えた。
副社長、って呼ばれてた。着々と会社での役職が上がっているんだ。
この4年間も、きっと頑張っていたんだろうな。
会えてうれしいなんて思ってはいけないのに。
もう他人なんだから、どうでもいいと忘れなきゃいけないのに。
ひと目会っただけでこんなにも心が高揚してしまう。
事務所に戻り仕事の合間に原田さんから聞いた話だと、うちの親会社を吸収した大手企業というのが名執不動産だったらしい。
今回はリゾート事業の話も兼ねて挨拶がてら副社長が単身で来たのだそう。
じゃあ、本当に偶然……?
そんなことあるのだろうか、あるとしたら運命なんじゃないか。
そう思わずにはいられない。