終わらない夜に
それから一日中、仕事に集中などできないままあっという間に定時を迎えた。
「お疲れさまでした、お先に失礼します」
どれだけ心が乱れていようと、子供たちのお迎えには行かなければいけない。
更衣室で私服に着替え会社を出ると、駐車場の端に停めた自転車のロックを解除する。
「つぐみ」
そのとき背後からかけられた声に、心が一気に四年前に引き戻される感覚がした。
聞き覚えのある、優しく名前を呼ぶ低い声。
振り向いちゃいけない、そう思うのに自然とゆっくり振り向くと、そこには真剣な顔で立つ名執さんがいた。
あの頃と同じ光景に、懐かしさと愛しさで泣きそうになる。
けれどその気持ちを振り切るように、私は自転車を押して歩き始めた。
「ちょっと待って、久しぶりに会ったのに」
「お会いした記憶はないですね。どなたかとお間違えでは?」
「間違えるわけないだろ。髪も雰囲気も変わってるけど、今朝ひと目会った瞬間にすぐつぐみだってわかった」
歩き始める私のあとを追うように、名執さんは早足でついてくる。
「ここで会えたのは本当に偶然だけど……ずっと探してた。急に連絡絶っていなくなって、今までなにしてたんだよ」
その目でじっと見つめられると、全て打ち明けてしまいたくなる。
だけどぐっと堪えて、一度足を止めると名執さんに向き合った。
「なにも言わずにいなくなったってことはそういうことです。全部捨てたの、仕事も親もあなたも。だからもう関わらないでください」
言い切った私に、名執さんは驚いた顔をする。
この4年で私は、少し明るくなれたし強くもなれた。
堂々とこんな嘘までつけるくらい、強くなった。
「……失礼します」
彼を振り切るように、再び自転車を押して歩き始める。
これでいい。
再会に浮かれてしまったけど、私はもう全部捨てたんだから。
今日のこともいつか思い出にできる。
……そう心の中でつぶやきしばらく歩いてから横を見ると、スタスタと隣を歩きついてくる名執さんがいる。
「って、ついてこないでください!」
「いや、『関わらないで』とは言われたけど俺は了承してないから」
「なっ……」
確かに名執さんはなにも言っていない。
だけど普通ならそこで足を止めるでしょ、と反論しようとすると、名執さんはふっと笑って私の顔を覗き込む。
「つぐみこそ、自転車に乗って俺を置いていけばいいのに、わざわざ押して歩いてる。完全には俺を拒んでないってことでしょ」
その言葉は的確に、私の胸の奥の知られたくない気持ちを射抜いてくる。
「そんなこと……」
答えながら今からでも自転車に乗ろうとしたけれど、名執さんはハンドルを握る私の手にそっと手を重ねる。
4年ぶりに感じたその大きな手の温かさに、思わず彼を見上げた。
「……あの、名執さ」
「あーっ!ままー!」
そのとき、こちらを呼ぶ大きな声に顔を向けると、保育園のフェンスの隙間から手を振る雪人と冬馬がいた。
早足で歩くうちに、気付けば保育園のすぐ近くまで来ていたようだ。
なにも知らないふたりは、遠目に私を見つけてうれしそうにはしゃいだ。
「雪人、冬馬おまたせ。お迎え来たよ」
「やったー!せんせー!ままきたー!」
雪人は冬馬を連れ、大声で建物内に戻っていく。
そんな私と子供たちのやりとりを、名執さんはぽかんと見ていた。