終わらない夜に

昨日名執さんはうちで一緒に夕飯を食べて、予約しているホテルに向かおうとした。
けれどそれまでのたった数時間で子供たちがすっかり懐いてしまい、家を出ようとした名執さんを泣いて引き留めたので帰るに帰れなくなってしまい、結果そのまま泊まっていったのだった。

「あのね、ゆきとがひーろーでね、あおいがまおうでね」
「うん。朝から一緒に遊んでもらえてよかったね。楽しかった?」
「うん!」

タオルに包まれながら、雪人は満面の笑みで頷く。

本当にすっかり仲良くなってる。
いつもは私と3人で寝ているけど、昨夜は名執さんと3人で寝ていたし、呼び方も『おじさん』から『あおい』になってるし。

短い時間でこんなに懐くなんて……しかも人懐こい雪人はともかく、人見知りの冬馬まで。
本能的に血のつながりがわかるのかな、と思わずにはいられない。

3人とも体を拭き終えると、ようやく朝食準備を始める。子供たちが奥の部屋で着替えている間に、名執さんはスーツに着替えて私がいるキッチンへとやってきた。

「なにか手伝おうか」
「すみません、じゃあ炊飯器のごはんを器に盛って冷ましてもらってもいいですか?」

遠慮なく頼む私に彼は頷き炊飯器を開けた。
昨日も思ったけど、この古くて生活感のある家に名執さんの姿はなんとも不思議な光景だ。

「毎日これをひとりでやってるの?大変だね」
「慣れちゃえばそうでもないですよ。子供たちの機嫌や体調が悪い日はもっと大騒ぎでもっと大変ですし」

たまにある、子供たちが癇癪を起こして泣き叫ぶ朝を思い出し苦い顔になる私に、名執さんは苦労を察するように笑った。

「あ、でも協力するとか考えなくていいですから。昨日は子供たちの手前泊めましたけど、もう他人同士ですからね」
「またそういうこと言う。昨日も言ったでしょ、諦めないって」

真っ直ぐな言葉を口にする彼に、不覚にも少しドキッとしてしまう。
それを顔に出さないように、表情を硬くしながら卵をかきまぜた。

「……すぐ都内に戻らなきゃいけないんじゃないですか」
「明日の朝ね。まぁいつでもヘリで来られるし、何度でも通うよ」

ヘリって……。
庶民の会話ではまず出てこないものをさらっと口にする彼に、さすが大企業の副社長だと感心する。

そうだった、彼とは生活レベルがまるで違うんだった。
そう思い出すと名執さんのお母さんとの会話が脳裏に浮かんで、胸がチクリと痛んだ。

そのとき、リビングからは冬馬の「わぁー!」という泣き声が聞こえる。
その声を耳にした途端、私よりも先に名執さんがキッチンを飛び出していった。

「冬馬?どうかした?」

私も慌ててコンロを止めてリビングに向かうと、そこでは名執さんが泣きじゃくる冬馬を抱っこして優しくなだめていた。

「大丈夫ですか?」
「雪人とちょっと揉めて突き飛ばされたんだって。びっくりしちゃったな」

小さな背中をとんとんと撫でる名執さんに、足元では雪人が泣きそうな顔で頬を膨らませている。

「ゆきと、わるくないもん……とーまが、とーまがゆきとのくつしたとった!」
「とーまもあおいくつしたがいい……」
「あおいくつしたはゆきとのー!」

どちらが青色の靴下を履くかで揉めたのだろう。こういう些細なことで喧嘩が起きるのはいつものことだ。
私はしゃがんで雪人を落ち着けるように頭を撫でる。

「雪人、それでも突き飛ばすのはダメだよ。転んでケガしちゃうかもしれない。
でも冬馬も人のものを勝手に取っちゃダメ。青い靴下なら他にもあるからママにちゃんと言って」
「はい、じゃあお互いにごめんなさいして仲直り」

冬馬を下ろした名執さんに言われて、ふたりが小さく「ごめんなさい」とつぶやくと、彼は愛しそうにふたりを抱きしめた。

こうして見ると、本当に普通の家族みたい。
……こんな景色がずっと続いたらいいのに。
そんな願いが捨てられずに、また胸を締め付けた。

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