終わらない夜に
朝食後身支度を終えると、私はいつも通り自転車のシートに子供たちを乗せた。
「俺が行こうか?大丈夫?」
「結構です。送迎は決められた保護者以外できないですし。ホテルで着替えてから仕事ですよね、先に行ってください」
名執さんが私の自転車を漕いで子供たちを送るのも、一緒に家を出るのも、知っている人から見ればおかしいだろう。
冷静に断る私に雪人は名執さんのスーツのジャケットを掴む。
「あおいは?いっしょにいかないのー?」
「そうだよ。残念だけどこれからお仕事」
「えー!よるは?きょうもごはん、たべる?」
「食べるよ。ママと迎えに行くから」
名執さんは答えると、よろこぶ雪人と冬馬の頭を優しく撫でる。
「……私はいいとは言ってませんけど」
「まぁまぁ。つぐみも、自転車気をつけてね」
そして子供たちに続いて私の頭も撫でると、手を振り先に家を出ていった。
付き合っていた頃も、名執さんはよく私の頭を撫でてくれた。
その癖は今でも変わらないようで、こうしてときめく自分が憎い。
自転車で子供たちを保育園に送り会社へ着くと、この時間からすでに社長や常務、部長や営業部の面々が集まり、名執さんとの会議に備えてのミーティングを行なっていた。
それを横目にいつも通り制服に着替えて事務所に入ると、その場にいた事務員や経理部の社員など全員の目がこちらに向いた。
「お、おはようございます……?」
何事だろうと驚きながらも挨拶をすると、バタバタと原田さんが入ってくる。
「ちょっとちょっとつぐみちゃん!どういうこと!」
「へ?」
「聞いたよ!昨日、あの名執不動産の副社長と一緒に歩いてたんだって!?」
噂を聞きつけて駆け込んできたのだろう。
息の荒い原田さんの率直な質問に、室内の人全員が黙って耳を傾ける。
昨日名執さんといたところを誰かに見られていたんだ。それがすぐ噂となって回って……さっきの視線はこれが原因だったんだ。
「た、たまたまですよ。道案内のついでに少し話したら、私も元々都内にいたので話がちょっと弾んだだけで」
笑顔を作ってごまかした私に、皆は「なんだ」と笑う。
名執さんほどの目立つ人になると、少しの噂もゴシップになって大変だ。
「そうだったの。なんだ、『昔の恋人と運命の再会!?』とか想像しちゃったよ」
「あ、あはは、そんなドラマじゃないんですから」
「だよねぇ」
いや、実際そのドラマみたいなことが起きてるんだけど。
微塵もさとられないよう、私は必死に笑顔で流す。
「けどあの副社長も大変だよね、ちょっと異性といるだけで大騒ぎされちゃっててさ。
でもイケメンでハイスペックで恋人の噂すらないなんて……実は極秘結婚とか、なんなら隠し子がいたりして!」
原田さんのその言葉は私の胸の痛いところに突き刺さる。
隠し子……確かに、世間から見たら雪人と冬馬はそういう扱いになるのかもしれない。
ここで変に知られたりしてマスコミにバレたら、大騒動になってしまうかも。
『名執不動産次期社長に未婚の妻と隠し子発覚』という週刊誌の見出しを想像して、サーッと血の気が引く。
「どうしたの?顔色悪いけど」
「いえ、なんでも……」
これは迂闊に公にするわけにはいかない。
だけど、名執さんにも子供たちにも、世間にも、いつまで隠せるのかな。
……やっぱりダメだ。
昨夜も今朝も、彼の優しさをうれしく思ってときめいてしまった。だけど、ちゃんと関係を断ち切らなくちゃ。
これで彼が都内に戻ったら、実際は簡単にここまで通ったりしないと思う。
だから、今日だけ乗り切ろう。
ごまかして、他人の子だと貫いて、そのまま距離を置いて遠い存在になる。
そしたらそのうちきっと彼の中にある『好き』なんて気持ち、消えてしまうだろう。
……それが、名執さんのため。