終わらない夜に


切なさで胸が苦しいまま一日が過ぎ、時刻は18時半。私は急ぎ足で自転車を漕いでいた。

まさかの今日が期限の業務を忘れていて残業になるなんて……!
保育園には17時にすぐ連絡したけど、予想外に遅くなってしまった。
ただでさえあの子たちは、小さい園の中でいつも最後まで残ってるのに。

急いで漕ぐあまり足を踏み外してしまい、ペダルがすねにガン!と当たる。

「いっ!」

痛みでよろけてしまい、シートをふたつつけた重い電動自転車とともに転倒してしまった。

「いたた……」

ぶつけたすねと自転車の下敷きになった体がじんじんと痛む。

もう遅れていることには変わりないし、ゆっくり向かえばよかった……。
そう思うけれど、ふたりきりの教室で寂しげに待つ子供たちの背中や、会うと全力でよろこぶ顔を思い出すと、一瞬でも『ゆっくり向かえば』なんて思った自分を恥じた。

「雪人、冬馬……待っててね」

よろよろと起き上がり、再び自転車を漕ぎ始める。

今朝名執さんには『慣れた』なんて言ったけど、シングルマザーとしての子育ては予想以上に大変だ。
なによりも子供にとって親という存在は自分だけという事実が、時に勇気に、時に不安になる。

もしも私になにかがあったらこの子たちはどうなる?
そう思うと怖くて不安で、考えるたび泣きそうになる。



「雪人!冬馬!」

辺りが暗くなり始めた頃、保育園に着くと自転車もまともに停めずに敷地内に駆け込む。

「あっ、ままー!」

するとそこにはブランコで遊ぶ雪人と冬馬。そして隣でそれを見守る名執さんがいた。

「えっ、なんで名執さんが!?」
「言ったでしょ、『迎えに来る』って」

そういえば言ってたけど……。
今朝の会話などすっかり忘れていた私に、名執さんは汗で額に貼り付く前髪をそっと直した。

「吉倉建築を出るときに大騒ぎしてるのが見えたから、多分トラブルで残業になるんだろうと思って先に迎えに来たんだけど……保育士さんから、登録者以外にお子さんは引渡できないって断られちゃって」

保護者としての登録はない。でも子供たちはすごく懐いているということから、保育士たちの目に届く園庭でならと許可してくれたのだろう。
小さな保育園ならではの融通の利かせ方だ。

でも名執さんが来てくれてよかった。子供たちに少しでも寂しい思いをさせなくて済んだ。

「でも来てたなら教えてくださいよ……」
「したかったんだけどね。誰かさんが連絡先変えて以来わからないからなぁ」

……そういえばそうだった。
自分のせいだったと黙る私に、名執さんは意地悪く笑った。

「あ、藤咲さんおかえりなさい」

そんなやりとりをしていると、建物内から出てきた保育士さんがにこやかにこちらへ駆け寄ってきた。

「すみません、お迎え遅くなってしまって」
「いいえ、お仕事お疲れさまでした。雪人くん冬馬くん、ママ来たしお鞄持ってきて帰ろうか」
「はーい!」

恐らく私と同世代であろう保育士の優しい声に、子供たちは大きな声で返事をして建物内に戻っていく。
ふたりがその場を去ってから、保育士は『ところで』と言いたげに私に対して声をひそめる。

「あの……もしかして、雪人くんたちのパパになる予定の方ですか?」
「え!?」
「雪人くんも冬馬くんもとっても懐いてたから、もしかしてって気になってて」

保育士がちらっと見た先には、教室内からこちらの様子をうかがう保育士さんたちが見えた。
見慣れないイケメンが迎えに来た、ということで皆が気になっているのだろう。

その視線でふと、今朝の原田さんの『隠し子』発言を思い出す。

「違います!あの……遠い親戚で!本当にただの!」
「あー、そうだったんですね」

全力で否定していると、子供たちがはしゃぎながら戻ってきた。
ふたりを連れて保育士さんに改めてお礼を言うと、逃げるように保育園をあとにした。

「遠い親戚、ね」

帰り道、名執さんは子供たちをシートに乗せた自転車を押しながら、先ほどの私の発言を思い出すようにつぶやく。

「仕方ないじゃないですか、下手なこと言って隠し子騒ぎになったら大変……」
「へ?なんの話?」

意味がわからなそうに首を傾げた名執さんをよそに、変な噂が広まっていたらどうしようと頭を抱えてしまう。

 
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