終わらない夜に
「意外。このままずっと言ってくれないのかなって思ってた」
「気づいてたんですか……?」
「ふたりとも俺の子供の頃とそっくりだしね。年齢的にも、つぐみがいなくなった頃と合致するから、そういうことなのかなって」
子供ができたから離れたと思っているのだろうか。
……けれど、まさか自分の母親の言葉が理由だとは思わないよね。
あえて今はそこに言及はせず黙る私に、彼はそっと手を重ねる。
「これまでずっと、あの子たちを大切に育ててくれてありがとう。ひとりで頑張らせて、ごめんね」
ありがとう、だなんて。
そんな言葉を言われるとは思わなくて、戸惑い泣きそうになってしまう。それを隠すように顔を下へと向けた。
「……私、お礼なんて言われていい立場じゃないです。あなたに黙って産んで育てた。
私の勝手で、あの子たちから父親を、あなたから子供を奪ってきただけ」
私が普通の家庭に育ち、名執さんのお母さんに認められるような人間だったら。
子供たちに父親がいないことで寂しさを感じさせることなどなかった。
名執さんに、生まれてからこの三年の子供たちの成長を見せてあげられた。
どちらも奪ってきたのは、私のせいだから。
「4年間、黙っててごめんなさい。それでも私は、同情や責任のために名執さんの人生を奪いたくなかったんです」
もしもあのとき妊娠の事実を伝えられていたら、名執さんはお母さんになにを言われたって、私と子供たちとの人生を取ってくれたと思う。
だけど、そのせいで彼のキャリアや会社に傷をつけなくなかった。仲のいい家族を壊したくなかった。
だから全部黙って逃げた。
私には、彼との思い出と子供たちの存在だけがあれば充分だったはずなのに。
なのに、やっぱりまだこんなに好きだなんて。
俯いたままの私に、名執さんは正面からぎゅっと体を抱きしめた。
「昨日も言ったでしょ。俺はあれから今もずっと、つぐみのことが好きなんだって」
耳元で、彼の低く穏やかな声が響く。
「俺の人生が奪われるならそれでいい。全部全部、つぐみとあの子たちに捧ぐよ」
「でも……」
「責任取らせてよ。楽しいこともつらいことも、一緒に味わせてほしい」
少し力が緩まる腕に顔を上げると、名執さんは私の額に自分の額をこつんと寄せた。
薄茶色の丸い瞳は、あの頃と同じく私を見つめて離さない。
……その目に捕えられると、愛しさで胸がいっぱいになって止まらなくなる。
頬に手を添えられ、ゆっくりと近づく唇を受け入れようとした──そのときだった。
ガシャーン!というなにかが壊れる音に、私たちは一瞬で我に返った。
「えっ、なんの音!?」
「まま、ゆきとがこっぷわったー!」
「俺が行く。つぐみはゆっくりしてて」
冬馬の声からキッチンにふたりがいることを察し、名執さんはリビングをあとにする。
ひとり残された私はまだ心臓がバクバクと音を立てており、動けずにいた。
頬が、額が、触れたところ全てが熱い。
人生全部を捧ぐなんて……ちょっと恥ずかしいくらいのセリフだ。
でも、うれしい。
その言葉が、胸の奥の不安を優しく拭ってくれるのを感じた。