終わらない夜に
「……なにしに来たんですか」
「藤咲ちゃんに男がいるって聞いたらいてもたってもいられなくて来ちゃった。そうだ双子ちゃんにも挨拶しなきゃ、パパだよーって」
「勝手なこと言わないでください。そもそも私とあなたはなにも……」
いくら取引先の人とはいえこれは非常識だ。
強気で言おうとした瞬間、その分厚い手のひらが私の頬をパンッと叩いた。
突然頬にはしる痛みと衝撃に驚いていると、ドアを開けたまま玄関に押し入ってきた牧野さんは、そのまま私を勢いよく廊下に押し倒した。
「きゃあっ……!」
廊下に背中をぶつけて痛がる間もなく、その手は私の手首を床に押さえ込む。
馬乗りになり私を見る彼は、荒い息遣いと血走った目をしている。
抵抗しようとするけれど、押さえつけられた手はビクとも動かない。
「やだ、離してっ……」
「声あげて大丈夫?うるさくすると双子ちゃんが来ちゃうよ」
その言葉に、奥の寝室で眠る子供たちの姿が目に浮かぶ。
「せっかくの俺と藤咲ちゃんとの時間、邪魔されたらさすがに子供でも許さないかも」
真顔で言う彼に冗談ではないと感じた。
ダメ、そんなの。
万が一あの子たちになにかがあったら、私は生きていけない。
命をかけて守るって、東京を出たあの日に決めたんだ。
……そう、少し我慢すればいい。
自分の居場所がどこにもないと知ったあの日の絶望と比べれば、こんなのどうってことない。
大丈夫、私は強い。
恐怖心を堪えるように、震える手で拳を握る。
彼はそれを受け入れたと解釈したのか、首元に顔をうずめた。
やだ、気持ち悪い、怖い。
名執さんーー……。
彼の顔が頭に浮かんで涙が出た、そのときだった。
「……なにしてる?」
開いたままの戸の前には、名執さんが立っていた。
彼は組み敷かれて泣く私を見ると、驚き目を見開く。
そして次の瞬間には玄関に上がり、牧野さんのジャケットの襟を後ろから掴むと、勢いよく投げ飛ばした。
大きな体が玄関横の下駄箱にガシャーン!と叩きつけられる。
「一応聞くけど……つぐみ、これは同意?」
冷ややかに問われ、私は首を横に振る。
いつも穏やかな彼が初めて見せる怒りの表情が少し怖い。
精いっぱいの返答に対し名執さんは「そっか」と頷くと、痛がっている牧野さんの胸ぐらを掴んだ。
「は、離せ!どこの誰だか知らねーけど……俺は『牧野資材』の社長息子だぞ!?この島の大きい会社とはいくつもつながりがあるんだからな!」
「そう。じゃあ今後、牧野資材との取引は一切停止、牧野資材と関わりのある会社とも取引しない旨、警告を出そう」
「は……?」
牧野さんは啖呵を切ったものの、冷静な名執さんに戸惑いを見せてから、次第に気づく。
「え、もしかして〝なとり〟って……そういえば名執不動産の息子が、吉倉建築に来てたって……」
ひとりぶつぶつと呟くうちに彼が誰か気付いたのだろう。その顔は真っ青になり、抜け殻のようにうなだれる。
そこへ近所の人が何事かと集まってきた。