終わらない夜に

「……私、彼と結婚するから」
「そうなの?よかったじゃない。じゃあ結婚後は二世帯住宅でも建てて一緒に暮らしましょ。そしたらあたしの生活もラクになるしあの汚い家も出られるし……」

勇気を出して伝えると、母はよろこびながら言う。
あまりにも自然に自分も一緒に暮らすつもりでいる母の考えに、絶句しそうになりながらも言葉を続けた。

「一緒には住まない。これを機にお母さんとは縁を切るから」

ようやく言えた。
たったひと言、だけど私にとってはとても勇気のいる言葉だった。それを聞いて母は途端に顔を険しくする。

「は……はぁ!?なに勝手なこと言ってんのよ!」
「子供の頃からずっと、理不尽な言葉にも暴力にも耐えてきた。大人になってからはお金も渡し続けて……ずっと誰のための人生かわからなかった」

膝の上で拳を握りながら言葉をしぼり出す。

「だから、もうそんな生活には戻りたくない。私は私のことを大切にしてくれる人と、残りの人生を歩みたい」

胸の中にある気持ちをはっきり言い切り、真っ直ぐに母を見た。

こんなふうに母ときちんと向かい合うのは初めてだ。
目を逸らさずに見つめた私に、母は眉間にシワを寄せ、怒りを込めて睨む。

「本当親不孝な子……誰が育ててやったと思ってるの!?あんたのせいであたしの人生をどれだけ無駄にしたと思ってんのよ!」

憤りをぶつけるように両手でテーブルをバン!バン!と叩く。
店内中に響くほどの音を聞きながらも怯むことことのない私に、母は悔しそうにテーブルに伏せてつぶやく。

「許さない……あんただけが幸せになるなんて許さない。どうせ愛だのなんだの誓ったって、あんたも私と同じように捨てられるんだから」

恨み、妬みを込めるような言い方で、ゆっくりと顔を上げる。

「ずっと耐えてきたって言うけどね、そんなひどいことするような親とあんたは血がつながってんの。あたしが親にされたことをあんたにしてるように、いつかあんたももガキに怒鳴って手上げて利用して生きていくの!」

ざまあみろと言うかのように目を見開いて笑う。
その姿は、先ほど見た夢の中で見たものと同じ。

母も実の親に苦しめられた人なのだろう。
そして、同じことを私にしてきた。そうやって、血は巡っていくのだろうか。

じゃあやっぱり、いつか私も同じことをあの子たちに──。
そう思うと怖い。
息苦しくて、喉が締まったように上手く呼吸ができなくなる。

……苦しい。
そう思った瞬間、膝の上で固く握っていた拳を包むように手が重ねられた。

隣を見るとこちらを見つめる名執さんがいる。
優しい茶色い瞳と重なる手から温もりを感じると、呼吸が落ち着き再び冷静になれた。

私が落ち着いたのを確認すると、続いて名執さんが口を開く。

「お言葉ですが、親不孝とはなにをもっておっしゃっているのでしょうか」
「は?」
「子供が親の元を離れることは親不孝なんでしょうか、よろこばしく思うのが親というものだと思いますが」

冷静に言う名執さんに、母は「なっ……」と反論しようとするけれど、彼はそれを許さないように言葉を続ける。

「それに、血がつながっていようと、自分と同じだと言うのはやめてください」
「はぁ? なんであんたにそんなこと……」
「ひとりで耐えて抱え込み、努力し、頑張って生きてきた。そんなこれまでがあるから今の彼女がいる。そしてこの先がある。
そんな彼女の人生を、あなたとの血のつながりひとつで否定しないでほしい」

私を受け止めてくれる彼だからこそ出る言葉に、うれしくて胸を打たれた。
ついになにも言い返せなくなった母は、行き場のない気持ちをぶつけるように手元の水を名執さんにかけた。
 
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