黄金のレティシア ~献身的な令嬢でしたが日々のブラックな慈善生活に疲れてしまいましたので、そろそろ自分の幸せを考えたいと思います~

20 そして夜会へ──ラカンside

「綺麗だよ、マール」
「ありがとうございます、ラカン殿下」

 とうとう諸侯が開くダンスパーティーの夜会の日が来てしまった。
 マールを迎えに僕は馬車で王都にあるガレス侯爵の邸宅にきている。

 ……僕が贈った、仕立て直したドレスを着て、マールは微笑み返してくれた。
 彼女の手を引き、馬車へエスコートして、僕らを乗せた馬車はパーティー会場へと向かう。

「今日は楽しみですね、ラカン殿下」
「そうだね、マール」

 マールとは良好な関係を築けている。
 僕は内心のモヤモヤした気持ちをひた隠し、努めて笑顔ですごした。

 ……あれからスワロウ侯爵家の動きをそれとなく探らせた。
 やはり、レティシアがスワロウ家にいるのは間違いないらしく、侯爵家の者たちも滞在を認めているという。

 メルウィックと婚約……までは話を聞いていないが、内々に話を進めているのかもしれない。
 レティシアはカーン伯爵家を継ぐ予定の女性だ。
 婿入りできる男が、彼女の婚約相手に相応しいということになる。

 ……僕だって。とは、思う。けど立場が違った。
 それに僕は、いずれは公爵になる予定で……だとしたら、レティシアとは。
 彼女が望んでいることはなんなのだろう?
 モヤモヤ、ぐるぐると心の中で思考が渦巻いた。

「……カン殿下? ラカン殿下?」
「え、あ! な、なんだい? マール」
「もう! 聞いていませんでしたのね?」
「す、すまない。少し考えごとをしていたみたいでね」
「考えごと、ですか?」
「あ、ああ」

 探るような目で僕を見てくるマール。

「もしや、カーン嬢のことをお考えでしたか?」
「うっ」

 バレている。
 相当に失礼な話だろう。今日のパートナーはマールだというのに。

「すまない……。どうしても気になってしまって」
「……カーン嬢も夜会に参加されるそうですね? ラカン殿下の誘いは断り、別の男性と」
「そこまで知っているのか」
「今回は、私もまったくの無関係ではないので軽く調べてはおります。療養と聞いていましたが、もしや、カーン伯爵家の今後のために彼女は家に戻ったのですか? カーン嬢は一人娘でございましょう。私と違い、婿入り相手が必要なのに婚約者も今までいらっしゃらなかったと。そのお相手を王宮で見つけることができたので、伯爵家に戻られたのかと」
「……!」

 待て。療養が先ではなく、か?
 メルウィックといい仲になったから……。
 辻褄は合う。
 だとしたら、レティシアは僕に嘘を吐いていた、のか?
 ぐるぐる、モヤモヤが強くなった。裏切られたような気持ちも強くなる。
 再会した時に、思わず声を荒らげてしまいそうだ。

「はぁ……」

 いけない。まずは……話をしよう。僕の気持ちを伝えないと。

「ラカン殿下はカーン嬢のことが、お好きなのですよね?」
「……それは」
「隠さなくてもいいですよ。噂にもなっていましたから。ですが……噂だけ、でしたので。殿下にその気があったのなら、或いは、彼女の家に問題がないのであれば。とうの昔にカーン嬢は殿下の婚約者として迎えられていたはずでしょう? ですが、そうはなりませんでした。何か問題があるのだなと、そう思っていましたわ」
「問題……か」

 僕はレティシアが好きだった。
 そばにいるのが当たり前だと思っていた。
 手を進めるのが遅れたのは否めない。
 でも、どうして、もっと早くに彼女との関係を望まなかったのか。その理由は。

「カーン伯爵家は、裕福な家門ではありませんわね。カーン嬢が後継になるだろうという見立ても、伯爵家には代わりとなる遠縁の男子などがいないと思われているから。カーン嬢の見目は劣ったものではないと聞きます。作法や教養もとくに劣っているなどとは聞きません。であれば、問題とは家柄そのもの。ラカン殿下は噂で聞きましたが、公爵位すら賜られる予定なのでしょう? そうでしたらなおのこと悩まれて当然かと。公爵となり、王家から領地を賜るか。貧乏伯爵家に婿入りして、苦労するか。……ラカン殿下。幸福(・・)とは、人によって異なりますわ。あまり理解には及んでいませんが、貧しくとも愛する相手がそばにいれば、それが幸福と感じる者もいます。逆にある程度、生活が支えられ、満たされていてこそ幸福と感じる者もいるでしょう」

「……そうだな」
「私はガレス侯爵家に生まれて恵まれている。幸せであると思っていますわ。違う身分で生まれていれば、こうしてラカン殿下のパートナーを務めることもできなかったでしょうから。カーン嬢はどう思われるかしら? ラカン殿下の幸福とはどこにありますか?」
「僕の、レティシアの幸福……」

 以前から感じていた齟齬(そご)
 彼女がカーン伯爵家に戻り、家を継ぎ、立て直していきたいと。
 そう願っているとしたら。僕はそのパートナーに相応しいといえるだろうか?

 僕は……手にできたかもしれない、公爵位をあっさりと捨てられるか……?
 後悔したりしないかといえば、きっと後悔するのだろうと思う。
 だから、レティシアの方を公爵夫人に迎えるつもりだった。
 カーン領の民もこちらで抱え込んで。
 それは間違いなく僕が満たされる選択だ。
 だけど、レティシアや他の者たちは……。

「……ラカン殿下」
「……ああ」
私を(・・)お選びください。婿入りではありませんが、私自身が裕福な家の出です。王子であり、いずれ公爵になる殿下に釣り合う身分でもありましょう」
「それは……」
「私との未来を考えたことは一度もありませんか?」
「……それは」

 考えたことは……ある……。でも、僕は。

「……その反応だけで十分ですわ。ラカン殿下、今夜は、ただ夜会を楽しみましょう? 私は、殿下の気持ちを否定したりはしませんわ」
「マール……すまない、ありがとう」

 まずはレティシアに会わなければ。
 僕の中のモヤモヤした気持ちは何も解決しない。
 ……今夜の夜会で、きっと決着がつくのだろう。


 僕とマールは会場へと辿り着いた。
 王族である僕をおもんばかっての、最後の入場予定だ。
 最後に現れた方が目立つからね。

 つまり会場には今、すでにレティシアがきている。
 ドキドキと胸が高鳴った。久しぶりにレティシアと会うんだ。
 お別れの言葉も交わせなかった、二ヶ月ぶりの彼女。
 ドレスを着ているレティシアなど、今まで見たことがない。
 黒髪の(・・・)彼女のドレス姿を想像しながら、僕はマールをエスコートして、会場へと足を踏み入れた。

「──ラカン・パシヴェル第三王子殿下! マール・ガレス侯爵令嬢です!」
 高らかに僕たちの入場を告げる声。

 レティシアは……?

 微笑んだ表情を崩すことなく、歩む足取りも乱すことなく、ゆっくりと進んだ。
 その中で視線を巡らせて彼女の姿を探す。

 あれ……? いない……?
 まだ来ていないのか。と、そこで別の者を見つけた。

 メルウィック・スワロウ侯爵令息、王宮魔術師団の第二師団長。若き天才、万能の魔法使い。
 白銀の髪が短めに整えられていて、サファイアブルーの瞳が人を惹きつける。
 その色合いから王族と並ぶだけで何かが整い、揃ったような印象を受ける男だ。
 彼は今夜、レティシアをエスコートしてくる予定だったはず。
 なのにメルウィックが連れているのは黒髪の彼女ではない?
 フラれた? なら、僕にもまだチャンスは……。

「──お久しぶりでございます、ラカン殿下」
「えっ」

 メルウィックが連れたパートナーが、よく知っている声で僕に話しかけてきた。
 彼から視線を移し、隣に立つ女性をまじまじと見る。

「レティ……シア……? なの、か?」
「はい。カーン伯爵の娘、レティシア・カーンでございます、ラカン殿下。長く療養させていただきまして、メルウィック様のおかげもあり、体調は快復致しました」

 自信に満ち溢れた様子で微笑みを浮かべるレティシア。
 その髪の毛は黄金に染まり、艶めいていた。
 そして、その瞳は……エメラルドの宝石そのもののように輝いていたんだ。
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