黄金のレティシア ~献身的な令嬢でしたが日々のブラックな慈善生活に疲れてしまいましたので、そろそろ自分の幸せを考えたいと思います~

21 黄金のレティシア

 夜会に参加する前、スワロウ侯爵家の客室。
 私は侯爵家の侍女さんたちにドレスを着せられていました。

「レティシア様、お綺麗ですよ」
「ありがとうございます」

 ……んん。なぜ、ここまでお世話になっていますか。
 断らない私が、いえ、断りたくないのですけれど。
 普通は? 夜会には自身の家門で準備を整え、エスコート役の男性に送ってもらうものですが。

 はい。カーン家は王都に屋敷とか当然、持ってはいませんからね。地方貴族というものです。
 当主が王宮に勤めているケースでもありません。
 娘の私が王宮務めではありましたが、部屋はちゃんと王宮の外れにありましたからね。

 会場が王都にある今回の夜会は、もしカーン伯爵令嬢として正式に参加するならば、本来はどこかの宿を取って、という形になるはずでした。
 それがなぜか完全に侯爵家の皆様のご厄介に。
 すべて侯爵家の、メルウィック様の用意していただいたドレスで着飾った私は、屋敷の外で待っていた彼にエスコートされます。

「綺麗だよ、レティシア」
「ありがとうございます、メルウィック様も、その、素敵です……!」
「ありがとう、ふふ」

 手を取られ、馬車に乗り、夜会へ。
 何日も彼とダンスの練習をしてきました。とても幸せな日々です。
 この思い出だけでも、この先の私の人生に光を差すような、大切な時間でした。
 気持ちは明るく、晴れやかに。今は私自身にも自信を持てています。

 ……思えば、王宮を出る前の私は色々と限界だったのでしょうね。
 ラカン殿下に対しても、捻くれた逆恨みのような気持ちを抱いていました。
 今はもう、殿下に対してそんな気持ちはありません。

「……生命力って大事だったんですね」
「うん?」

 メルウィック様が唐突な私の言葉に首を傾げます。

「失くしていた時には気づきませんでしたが、こうして取り戻してみると、なんとも。精神の在り方まで、以前とはまるで違う気がします」

 気持ちの豊かさが本当に違います。
 両親や、スワロウ家の方々、何よりメルウィック様が私を支えてくださったおかげです。

「本当にありがとうございます、メルウィック様」
「どう致しまして。レティシアが元気になってくれて、とても嬉しいよ」
「メルウィック様……」

 私の髪の色は艶やかな金髪に戻りました。
 気持ちが上向きなおかげか、前よりも綺麗に輝いているように感じます。
 瞳の色は澄んだエメラルドグリーンに。

「ふふ」

 今ならメルウィック様の隣に立っても自信を持って胸を張れます。
 いえ、自分で言うのはなんですが、むしろお似合い……なのでは?
 くぅ。自然と頬がニヤついてきてしまいます。
 はしたない、はしたない。私はこれでも伯爵令嬢。
 そしてメルウィック様は侯爵令息。
 もっと慎ましやかな恋愛こそが私たちに相応しいはずです。

「元気になったなら走り回るレティシアが見たいね」
「いつ私が走り回りましたか」

 元気に走り回る伯爵令嬢はおかしいですよね!?

「あはは」
「もう」

 二人だけの時間をすごす私たちを乗せた馬車が、会場へと到着しました。

「人が多いのですね」
「諸侯が協力して開く大規模夜会だからね。主催側からも参加しているし、それに近づきたい人も、やっぱり多いんだろうね」

 こんなにも多くの馬車が停まっているのを見るのは初めてですね。
 メルウィック様は主催者側の立場ということで、彼にエスコートされる私も手続きなくスムーズに会場に入ることができます。
 招待客の皆さんは、すでににほとんど中に入られている様子。

「レティシア、行こう」
「はい、メルウィック様」

 彼に手を引かれて煌びやかに飾られたパーティー会場へ歩みを進めました。

「──メルウィック・スワロウ侯爵令息! レティシア・カーン伯爵令嬢! ご入場です!」

 高らかに宣言される私たちの名前。
 誰が誰のエスコートをするパートナーなのか。
 それが多くの参加貴族たちに知らしめられました。
 実際には、正式な関係は結べていないものの、(おおやけ)には私たちは。

「……カーン伯爵令嬢? 髪の色が……」
「前に見かけた時は黒髪だったな……?」
「魔法で変わったとか……」

 うぅ……。メルウィック様のパートナーなためか、かなり注目を浴びていますね。
 ですが! 今夜の私は自信を持ってもいい……と思います!

「レティシアが綺麗だから、みんな注目しているんだよ」
「そ、それは言いすぎ……では、ありま……せん!」
「あはは! その調子だよ、レティシア」

 自信を持つんですからね!
 これぐらいは受け入れませんと!
 心なしか、周りの声や視線が本当に私に見惚れているようにも感じます。
 これが前向きになった気持ちの効果というものですね!
 生命力は、とっても大事!

「スワロウ師団長、今夜はとても美しい花に恵まれていらっしゃるようで」
「ああ、ネイブル侯爵。ええ、前々から大切に水を与えていた花なのです。私の目にだけ美しく見えるのかと思っていましたが、他の方にも花の美しさが伝わっているようですね」
「これはこれは。かの万能の魔術師殿がとうとう動かれるとは。お嘆きになる方も多いでしょうな」
「はは、もし、そんな方がいたとしても、きっと認めて祝福してくれますよ」

 ええと。あの。その。この会話は、ですね。
 私は顔を赤くして聞いていました。
 だってメルウィック様は、私を花にたとえ、恋人のように扱っています。
 この場合は『そうするつもり』ということで相手への牽制にもなるのでしょうか。

「──ラカン・パシヴェル第三王子殿下! マール・ガレス侯爵令嬢です!」

 あ。
 ラカン殿下です。どうやら最後の入場者として来られたようですね。
 私もメルウィック様も知人の名が読み上げられたことで視線をそちらへ向けました。
 思えば、二度ほどラカン殿下に夜会に誘われたのに断ってしまったのですよね。
 なのにこうして夜会に出ている私。

 ラカン殿下には婚約者がまだいらっしゃいませんので、相手探しに困っていたのかもしれません。
 その点で少し気まずいですね。
 とはいえ、ラカン殿下は第三王子。
 見目も整っていらっしゃるので、令嬢の方が放っておかないかとも思います。

 今回のパートナーとなられたのはガレス侯爵家の令嬢、マール様でした。
 私は存じ上げませんが、以前から親交など深めていたのかもしれませんね。
 ラカン殿下の様子を窺っていますと、にこやかに接しつつも、その視線が何かを、誰かを捜していらっしゃるようですね?

「レティシア」
「はい、メルウィック様」
「隣に立っていてくれる?」
「え、はい、もちろんです」

 スっと優しく手を握られ、私はまた顔が熱くなりました。
 きょ、今日は私がメルウィック様のパートナーですからね!
 何も引くことはないんです! えへへ。

 メルウィック様に手を引かれ、パートナーであることを周囲にアピール。
 少し舞い上がっていると、ラカン殿下がこちらへまっすぐに歩いてこられました。
 視線はメルウィック様に注がれていて私に注目はしていませんね。
 それでも、これは礼儀ですので私は挨拶をしておこうと思います。

 すぐそばの距離までお二人が来られると、ラカン殿下より先にガレス侯爵令嬢が私に視線を向け、目を見開きました?
 なぜ、そんなに驚かれているのかしら……。よくわかりませんが。

「お久しぶりでございます、ラカン殿下」
「えっ」

 私を意識していなかったためか、挨拶をするとラカン殿下は驚いて私に視線を向けました。
 まじまじと私を見るラカン殿下。
 ああ、髪の色や瞳の色が完全に元に戻っていますからね。
 黒髪の時を見慣れたラカン殿下には驚きなのかもしれません。

「レティ……シア……? なの、か?」

 ラカン殿下も混乱されているご様子です。

「はい。カーン伯爵の娘、レティシア・カーンでございます、ラカン殿下。長く療養させていただきまして、メルウィック様のおかげもあり、体調は快復致しました」
「……な、ん……。その、髪と、瞳は……?」
「はい。メルウィック様が失った私の生命力を取り戻してくださったんです。あ! ご心配なさらないで。メルウィック様は、不当に誰かの財産になった黄金を奪ったりはしていませんので」

 そこは大事な部分ですよね。
 残留黄金は、すでに誰かの資産となったものですから。
 ですので生命力に還元できるのは、完全に捨てられ、不要とされた黄金の欠片だけ。
 それもメルウィック様の魔法でなければ、黄金の形を取ったソレを再び生命力に還元するなどできなかったでしょう。生み出した私自身でさえも、です。

「生命力……?」

 ラカン殿下は首を傾げました。何か疑問でしょうか?

「私、以前は本来の髪の色や瞳の色を失って体調もひどくなっていました。メルウィック様は、そんな私を見かねて手を差し伸べてくださったんです。その……ラカン殿下。以前はそういった、その。いわゆるボロボロの状態の私でしたので。今ならわかるのですが、気分もネガティブになっており……もしかしたらマイナスな言動をこぼしていたかもしれません。それについては申し訳なく……」
「え、あ、いや……。そんなことはない、記憶にないが……」
「であれば嬉しいのですが」

 本当に、以前の私と今の私では、気持ちがまったく違いますからね。
 王宮でラカン殿下と共に活動していた時が最低の状態。
 今、メルウィック様とすごしているのは最高の状態。
 それくらいの落差があります。
 人って疲れていると良くないことばかりを考えちゃうんですねぇ。

「ラカン殿下、お久しぶりでございます。長く王宮を離れていましたが、その間に殿下が好みそうな魔法を新たに開発することができましたよ」
「は? 魔法、か?」
「はい。ぜひ、王宮で。ラカン殿下専用の魔法です」
「僕専用?」
「ええ、他人に伝授する……継承する魔法というのも同時に開発しまして。今まで使えなかった魔法を使えるようにできます。ですので、ラカン殿下専用魔法。きっと気に入ってくださいますよ」

 まぁ! メルウィック様、そんなことまで?
 思うんですけど、メルウィック様って魔法大好きですよね。研究者気質といいますか。
 メルウィック様のそんな報告を他所に、ラカン殿下は私に無言の視線を向けてきていました。

「……?」

 髪色や瞳の色が戻ったこと、そんなに驚かれたのかしら?

「はじめまして、カーン伯爵令嬢。私、ガレス侯爵家のマール・ガレスよ。こうして言葉を交わすのは初めてね」

 そこで、これまで沈黙していたガレス令嬢が私に話しかけてきました。

「はじめまして、ガレス侯爵令嬢。カーン伯爵家の長女、レティシア・カーンでございます」

 私は穏やかに受け答えします。

「……ええ。私ね、ラカン殿下からドレスを贈られたわ。今日着ているドレスなのだけど」
「よくお似合いですよ、ガレス嬢」

 青い髪にアメジストのような紫の瞳をしたガレス嬢。
 着ているドレスは、さすが王宮仕立てですね。
 あら? でも、どこか違和感を覚えるような……?
 何かしら。色? 雰囲気? ガレス嬢に対して微妙にズレているような?

「違、これはレティシアに贈るつもりだったドレスで! あっ……」
「えっ? 私に?」
「……ラカン殿下」

 夜会への誘いはお断りしたはずですが、ドレスまで用意を?

「す、すまない、マール。口にするつもりは」
「……いいえ、いいのですよ。結局、ラカン殿下がドレスを贈ったのは私なのですから」

 私用に用意していたドレスを仕立て直してガレス嬢に贈られたということでしょうか。
 妙なことをされていますね。それが違和感になっているのかしら?
 でも、なんでしょう。ガレス嬢が今、着ているドレス。
 これを私が着るにしては、なんだかおかしいような……。

「ははは!」

 と。メルウィック様が、なんだか堪え切れないように笑いました。

「メルウィック様?」
「いや失礼。ですが、そうですね。ラカン殿下」
「……なんだ」
「そのドレスは、レティシアの黄金の髪やエメラルドグリーンの澄んだ瞳の色とは似合わない色合いかもしれないですね。きっと、それは『黒髪のレティシア』のためのものでしょう?」
「あっ」

 それですか。私の感じた違和感は。

「なるほど、確かに私には似合わない(・・・・・)色ですものね」
「────」

 自然とそう返しますと、ラカン殿下は言葉を詰まらせてしまいました……?

「うん。もう、レティシアが黒髪になることはないよ。キミは元気な方がとても素敵だからね」
「め、メルウィック様……。はい、ありがとうございます。私も本当の自分を取り戻せたようで嬉しいです、ので」
「うん。さぁ、もうすぐダンスの時間だよ。レティシア……レティ(・・・)。俺と踊ってくれるかい?」
「はい! もちろんです、メルウィック様!」

 そうしてダンスパーティーが始まりました。

 白銀の髪とサファイアブルーの瞳を持つメルウィック様。
 黄金の髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ私。
 ……やっぱりお似合いと言っても過言ではないのでは? なんて。

 周りに人はたくさんいるけれど、踊っている間は、なんだか世界の中心で二人きりになったような気分です。

「あはは」
「ふふ」

 少しだけ、おまけに。
 新しく使えるようになった黄金魔法の光でキラキラと周りを輝かせます。
 そうしたら、それに応えるようにメルウィック様が魔法のシャボン玉を浮かせてパーティー会場に幻想的な雰囲気を生み出しました。

 黄金と白銀がくるくると回る。
 今夜のダンスパーティーは大成功! ですね!
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