黄金のレティシア ~献身的な令嬢でしたが日々のブラックな慈善生活に疲れてしまいましたので、そろそろ自分の幸せを考えたいと思います~

25 メルウィック──メルウィックside

「レティシアがいない?」
「はい、昼頃からお見かけしていなくて、失礼ながら部屋に入らせていただきました。そうしましたら、こちらが。それに、手紙も」
「手紙」

 使用人が差し出したそれらを手に取る。
 内容を確かめると一通はレティシアの残した書き置きだった。

「……貴族令嬢が、女性が一人で……」

 レティシアは、そういうところがある。
 根付いた庶民的な部分がいくら教育を受けてもレティシアをただの貴族令嬢にさせないのだろう。
 お転婆な範囲で済めばいいし、治安のいい場所で買い物を楽しみたい程度なら、させてあげたい。

 けれど、残念ながらレティシアには価値がある。
 黄金の価値もそうだし、何より彼女は美しい。
 先日の夜会でそれが大々的に周知された。
 パートナーとして俺がいたというのに、伯爵家に釣書を送った貴族も多いらしい。
 今すぐ街にレティシアを探しに行きたい衝動に駆られるけど、踏み止まって、もう一つの手紙に目を通した。

「ラカン殿下から? それにしては……」

 王宮の印が使われている。紙も上等。レティシアに手紙を送ってもおかしくはない相手。
 今、彼女は侯爵邸に泊まっているけれど、彼女宛てに届く手紙を検閲などはしていない。
 そのまま彼女に届けている。
 悪意ある魔法がかかっていたら、そもそも結界に弾かれるし。

「失礼だけど」

 手紙の内容を読ませてもらった。
 何か気になるというか嫌な予感がしたのだ。
 書かれていたのはレティシアの呼び出しだった。

「おかしい、な」

 ラカン殿下は今までレティシアを呼びつける時は王宮に呼んでいた。
 今回も呼び出しが目的ならレティシアをそう導けばいいのに、こんな場所に?
 近くまで来ているのなら、むしろ侯爵家にまで来ればいい。

 俺と会うのが嫌だった……は、わからなくもない理屈だけれど、ラカン殿下の意向にしてはどちらも中途半端だ。
 それに手紙の文面に情熱を感じない。彼が書けば、もう少し長いんじゃないか?
 これでは、なんだか事務的な通達のようだ。

「……レティシアを捜しに行く」

 俺は衝動に駆られるままに彼女を捜しに飛び出した。


 魔法の監視をつけられなくはないが、彼女の私生活を見張るような真似はできなかった。
 今回はそれが仇となった。考えすぎで済めばいい。そう思う。

 まだ俺の気持ちを、彼女に気持ちを伝えていないんだ。
 俺だってラカン殿下のことをどうこうとは言えない。
 好きだということは示してきたつもりだ。レティシアに伝わってもいたと思う。
 ただ、俺は。

「レティシア」

 馬を連れて来るのももどかしくて、俺はその場に〝魔法馬〟を作り出した。
 手綱も魔法で作る。そのまま俺は魔法馬に乗って街へ向かう。

 ……『万能の魔法使い』など聞いてあきれる。
 どれだけ魔法を使えても、好きな女の子に気持ちを伝える勇気すら持てない。
 俺は幼い頃のままだ。勝ち気な彼女に手を引かれて、憧れるガキのまま。
 照れ隠しに『なんでもない』なんて誤魔化して、キミが素敵で綺麗だと感じたと言えなかった頃のまま。

 自分で彼女へ告白できないのなら、家同士の結びつきを先に求めれば良いものを。
 レティシアの気持ちを蔑ろにしてしまう気がして、両親が動くのを止めていた。
 そのくせ、侯爵家にいてくれる彼女を見つめるだけで満たされた気分になって。

 大切なものほど、自分が手にしていいのか悩んでしまう。
 そのままのキミが美しい。
 自由なままの彼女を見ているだけでも幸せだ。
 それを俺だけに縛りつけて、その黄金の輝きは失われたりしないのか。

「……なんて臆病なんだ」

 家の格差はあるだろう。
 ラカン殿下だって、その気になれば無理矢理、彼女と政略結婚を結ぶことはできた。
 だが、彼もそうしなかったんだ。

 ラカン殿下は王族にしては、きっと善良なのだろう。
 多少、傲慢なところが見え隠れすることもあるけれど最後の一線を踏み越えたりはしなかった。

 憧れている、という気持ちは厄介だ。
 俺だけの彼女にしたい、という気持ちを踏み止まらせてしまう。
 手が届かないままの方がいいんじゃないかと。

 片想いのままでも十分に幸せだっていうのに、相手も自分を好きじゃないかと思える……この時間がもどかしくも大切だった。

 ずっとそういう関係でいたいなんて気持ちも持っていた。
 踏み出して壊してしまうぐらいなら、なんて。
 それでも踏み出す時は俺からがいいと思っていた。

 レティシアはどんなふうに気持ちを伝えられるのが嬉しいだろう。
 自然な会話の中での方が好きだろうか。
 それとも最大限に演出したロマンチックな雰囲気を望むだろうか。

 まだまだ足りない。
 どれだけ彼女と親しく話しても、ぜんぜん彼女のことを知れていない。
 大切にしたい。傷つかないように触れる時はそっと触れたい。

 でも手にしたい。
 気持ちを剥き出しにして、強引にでも彼女を腕の中に抱き締めたい。

 どちらが望まれる?
 俺は、レティシアが望むようにいくらでも変われる。変わっていいんだ。
 万能なんて言われるくらいなのだから、いくらだって。
 すべてレティシアのためなら。
 膨らんだ好きという気持ちは、きっとそれぐらいはあった。


 ぐるぐると思考を巡らせつつも、俺はレティシアを探した。
 黄金の髪。それだけに囚われず、黒髪にさえ目を向ける。
 長い髪を切られてしまっていないか。見落としなど許されない。
 気のせいで、ただ笑っているレティシアを見つけるだけかもしれない。
 ちょっと嫌だけど、ラカン殿下と談笑しているだけかもしれない。

 レティシアが無事ならそれでもいいんだ。
 彼女の幸福は他人に与えられるものじゃない。
 彼女自身が選ぶもの、手にするものだから。
 俺は、ただ自身の気持ちを伝えるだけだ。

「──!」

 キラリと何かが光ったのが見えた。
 その輝きはよく知っている黄金の輝きだ。
 表通りを外れた路地裏の奥。
 俺は魔法馬をかき消して、その場に降り立ち、その輝きの元へと駆け寄った。
 そして落ちていた黄金を拾い上げる。

「……黄金の、涙」

 落ちる雫の形をした黄金。
 こんなものを生み出せるのはレティシアだけだろう。
 ……それも、これは残留黄金。
 生命力を犠牲にするとわかっているのに、レティシアはこんなものを残した?
 それもこんな路地裏に? 通常ではありえない。確実に何かが起きた証拠だ。

「レティシア……!」

 非常事態が確定した。
 俺は茹で立つ気持ちを魔法で強制的に冷やして、自分自身を冷静にさせる。

 ……まず侯爵邸に今の事態を知らせる連絡を取る。
 魔法の手紙、魔法の鳥。俺だけでなく多くの人を動かした方がいいだろう。
 何者がレティシアを連れ去ったのか知らないがその動きの牽制になる。

 レティシアの黄金を探す魔法のツバメに新たな命令を入力して、その行動を組み替える。
 国に散らばった黄金の欠片を探すのではなく、残された黄金から、逆にレティシア本人の魔力を追いかけるように。

 方角がわかったあとは、その行き先を予測してツバメに先行させる。
 レティシアを見つければ、他人に気づかれないように彼女の元へ辿り着き、その魔力を彼女の防護壁に変換する命令までツバメに組み込む。

「行け!」

 バサバサバサと、大量の魔法のツバメたちが飛び立った。
 侯爵領については俺だって詳しい。
 この地点で事件が起きたなら、ここからどこへ行く?

「レティシア」

 ふわりと身体を魔法で浮かせた。そのままで移動。
 空にすら浮かび上がり、街を見下ろす。
 人目などいっさい気にもせず、俺は彼女の足取りを追うことに全力を注いだ。
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