黄金のレティシア ~献身的な令嬢でしたが日々のブラックな慈善生活に疲れてしまいましたので、そろそろ自分の幸せを考えたいと思います~

03 ラカン王子──ラカンside

「……殿下、またカーン伯爵令嬢に黄金を依頼されたのですか?」

 僕付きの側近として務める男、ヴァリスが尋ねてくる。
 かたわらに置かれたのはレティシアが生み出した刻印のない黄金のインゴット。
 手垢すらついていないソレは随分と輝いて見えた。
 採掘され、加工された黄金も見たことはあるが、自然の物よりも、よほど価値のある塊に感じる。

 ……レティシアが関わっているから、かもしれないな。
 と、僕は好きな人(・・・・)の姿を思い浮かべながら微笑んだ。

「ああ、レティシアがいるおかげで救われる民がまた増えるよ」

 レティシア・カーン伯爵令嬢。
 僕と同じ王家の金色の髪を持って生まれた女性。
 没落寸前のカーン伯爵家だが、かつては鉱山があって裕福で、王女が嫁いだこともあったと言う。

 レティシアの髪の色が王家の金だった(・・・)のは、そのためだ。
 髪の色や瞳の色だけでなく、彼女そのものの見目も美しい。
 流石にそこは王家の血が入っているから、とは言えないだろう。
 そして見目だけでなく、レティシアは心も美しかった。

 僕の活動に理解を示してくれて、その身を削るように民に幸福を分け与えてくれているからだ。
 私欲からの行動なんて見当たらない、献身的な令嬢。
 彼女を知れば教会は『聖女』とまで認めるかもしれないな。
 そうなればレティシアは『黄金の聖女』と後世に語り継がれるのだろうか?
 そう思うと自分のことのように誇らしく思えた。

 レティシアが作り出す黄金は、金貨などのすぐ使える加工はされていない塊だ。
 初めにカーン伯爵が王家にレティシアの【黄金魔法】を相談に来たのは英断だったと思う。
 たとえ黄金を生み出せたとしても軽率に取引ができる物じゃないからね。

 金の純度を確認し、然るべき形状に加工する。
 また刻印を刻んで管理をきちんとしなければならない。
 管理された黄金のインゴットは貴族間の取引でも使えるし、王国と友好国ではすでに導入されている貨幣用に使う場合もある。
 大金が動く大きな事業であれば、刻印を施してからインゴットのまま取引に使ったりもする。

 だけど貧民に細かくした黄金を渡してもすぐに使うことができない。
 そのため、僕がレティシアの黄金に正式な価値を認めさせて、初めて貧民に行き渡らせることができる。

 出会った頃のレティシアは、文字通り採掘されたばかりの黄金のような、ゴロゴロとした塊の黄金を生み出していた。
 アレはアレで加工はしやすいと思うけどね。

 生まれた由来が由来だから、レティシアの黄金は他の黄金とは分けて管理されることになった。
 よくある『土魔法』の岩のようにすぐに消えてしまう黄金かもしれなかったからだ。
 王宮でも初めはそのように考えていたのだろう。
 彼女の黄金は隔離して保管・管理されていた。

 しかし、レティシアの黄金は、そんなふうに(ちり)となって消えたりはしなかった。
 魔法で生み出したにも関わらず、この世から消えることなく、残される性質があったのだ。
 そうなると話が変わってくる。
 王宮魔術師団の入念な調査と時間経過を伴う観察記録によって、レティシアの黄金はその価値を認められるに至った。
 その瞬間、彼女は『生きた金鉱山』になったんだ。

 初めは父上も兄上もその価値を測りかねていた。
 やはり、どこかで、或いは彼女の意思で消えてしまう幻の黄金なのではないか?
 という懸念があり、少なくとも他国との取引では使えない。
 それでも黄金は黄金だ。手元にあればその魅力はとてつもない。

 だから、王宮魔術師団の中で最も優れた魔術師である『万能の魔法使い』メルウィックに継続的な調査を担当させた。
 王宮でレティシアを囲い、メルウィックに調査させながら一年が経過しても彼女の黄金は消えることはなかった。

 メルウィックから確信を持った答えはまだ出ていなかったものの、その頃になれば国内に流通させても問題ないだろう、と判断されるようになる。

 とはいえ『もしも消えた時は困る相手』との取引には使えない。
 とくに他国には渡らないように気を配られている。
 そういった懸念もあって兄上たちや、父上は彼女の黄金に手をつけたりはしなかった。
 陛下や王太子殿下だから、必然的に取引相手も慎重さが求められるからね。
 使いたくても使えないというやつさ。

 ……だけど僕は違った。僕は兄上たちと立場が違うし。
 僕にはやるべきことがあったんだ。

 街の視察に出た際に貧民地区に迷い込んだ僕。
 そこで目の当たりにしたのは王宮の幸福な暮らしとは正反対の、貧しい人々の暮らしだった。
 彼らを救わなければ、と。

 僕の決意と活動に共感してくれたのが何を隠そうレティシアだった。
 足りなくなった資金を彼女の黄金で賄うことで、滞っていた貧民地区の支援活動は再開。
 家屋の補修や、街の洗浄、住民たちの身体を洗うための湯水の調達と運搬に、寝台のシーツなどの無料の交換。綺麗な衣服の支給。
 汚れていた彼らは身体を洗い、清潔になることで活力を取り戻した。
 もちろん食事の炊き出しなども行って、仕事の斡旋にも手をつけていった。

 一年規模の大型支援計画で十分な状態まで支援できたのは、まぎれもなくレティシアの献身のおかげだった。
 黄金という価値だけでなく、支援活動自体にもレティシアは直接参加してくれていたので貧民地区の民の彼女への支持も厚い。
 名実共に僕のパートナーとしてレティシアは人々に知れ渡っているだろうな。

「……しかし、ラカン殿下。メルウィック様より、もうカーン嬢に黄金を求めるのは止めるように言われていませんでしたか?」
「ん? ああ。それは……確かに聞いたな。だが、それは大事なことではない(・・・・・・・・・)だろう」

 レティシアだって貧しい民を幸福に導いていくことが大切なのだとわかっているはずだ。
 多少(・・)、自身の身を削ることよりも、今にも飢えて死んでしまいそうな民を救うことの方が大切だとわかっている。

 貧民はどうしても王都の近くに発生する。
 仕事を求めてやってきてどうにもならずに落ちぶれてしまい、スラム街に流れ着いてしまうのだ。
 そんな夢のない話もないだろう?

 彼らは救いを求めて、幸せになろうとして王都に流れ着いたというのに。
 だから、そんなスラム街に住む彼らを救ってやることは王族の務めでもあると思うのだ。
 陛下や兄上たちも、もちろん僕の活動を認めてくれている。

 それにレティシアの黄金生成に伴う代償だが、たかだか(・・・・)髪の色や瞳の色が変化する程度なのだ。

 あとは体力の無さから魔法を連続して使うことが難しく、体調を崩してしまうぐらいか。
 それならば十分な休息を取れていれば何も問題はない。
 レティシアには王宮に部屋を与えているし、貧乏な伯爵家で暮らすより、よほど恵まれた環境だろうから、休息だって取りやすいだろう。

 ……それにだが、黒髪のレティシアも僕は好ましいと思っている。
 彼女の黒い髪と瞳は彼女の勲章で誇るべきものだと言った言葉に偽りはなかった。


「──ラカン殿下」

 高位貴族のみが参加を許された、定期的に開かれているサロンに僕は参加していた。
 貴族社会での情報収集を怠るわけにもいかないからね。

「ああ、ガレス嬢か」

 話しかけてきたのはガレス侯爵家の令嬢、マール・ガレス嬢だった。
 青色でウェーブがかけられた長い髪は肩より下まで伸ばされている。
 瞳の色はアメジストのような紫色。
 サロンの空気に合わせた慎ましやかながらも高級さを感じさせるドレスに身を包んでいる。

「お久しぶりですわね。ラカン殿下も政務に忙しい様子で。本当に素晴らしいことですわ」
「ああ、ありがとう、ガレス嬢。日々、充実してすごしているよ」
「充実、ですか。そうでしょうね。最近、とくにラカン殿下の評判も上がってきておいでですわ」
「本当かい?」
「ええ。ガレス家や領地でも善き指導者になられるだろうなと噂されておりますよ。やはり貧民救済の実績を残されていますからね。ラカン殿下は本当に素晴らしい方ですわ」
「……そうか。僕のしてきたことが評価されているなら何よりだ」

 鼻も高くなる。
 もちろん、評判のためにやってきたことではないけれどね。

「ええ。つきましては今度、諸侯が協力して開く夜会がございますでしょう? ラカン殿下はそちらには参加される予定があるでしょうか?」
「ん? そうだな……」

 サロンのような情報交換の場とは違った、ダンスパーティーを開く夜会だ。
 主催となるのは複数の侯爵家。高位貴族にとっては重要な交流の場だろうな。
 貧民がいる一方で貴族たちは社交に贅沢で大きな会場を使い、煌びやかな世界でダンスを踊る。
 巡り巡って、それが経済を動かすことにこそなるものの……。
 貧民の生活によく触れる僕は、そのことについて失笑を漏らした。とはいえ、だ。

「たしか二ヶ月後にある夜会だったね」
「ええ! 今から参加を決められたとしても衣装の仕立ては間に合うと思いますわ!」
「……確かに」

 ダンスパーティーである以上、パートナーが必要になる。
 僕、ラカン・パシヴェルには婚約者というものはいない。
 第三王子にすぎず、僕に嫁いだところで兄上たちが健在で優秀な今、王位争いをすることはないだろう。

 いずれは公爵を賜る予定で、王弟として兄上を支えていくつもりだ。
 なので僕が誘えば断らない令嬢も多いだろう。
 目の前のガレス侯爵令嬢もその一人だろうな、というのは察した。

 なんとも素直で愛らしい令嬢だ。十分に美しい女性だと思う。
 たぶん自信があるんだろうな。胸も大きく強調されているように見えた。
 ダンスパーティーのような場であればその身体に見合ったドレスを着てくるのだろう。
 きっと男たちの視線も釘付けになるに違いない。

「うん、参加するよ」
「本当ですか! でしたら私と、」
「すまない、実は誘いたい女性がいてね。その人にまず声をかけたいんだ」

 僕がそう言った途端、表情は変わらないながらもピシリとガレス嬢の空気が凍った気がする。

「……もしや誘うのはカーン伯爵令嬢ですか?」
「ん? ああ、そのつもりだが」

 やっぱり広まっているんだな、僕とレティシアの仲は。

「失礼ながら、カーン嬢は今、ご自慢の金の髪を失ったと聞いております。そんな見た目では彼女もあまり人前に立ちたくないのでは? 私、同じ女性なので彼女の気持ちは痛いほどわかりますの」

 よく知っているな。
 黄金の魔法を使うレティシアは貴族の間でも有名な女性だからなぁ。

「そうは言うけどね。黒髪になった彼女も素敵なものだよ。みんなの前に立てば、きっと自信も持つに違いないさ」
「そうですか。では、カーン嬢が……ないとは思いますが……もしも殿下の誘いをお断りされるようでしたら、その時で構いません。私に声をかけてくださいますか?」
「わかった。その時はお言葉に甘えさせてくれ、ガレス嬢」
「ありがとうございます。私、楽しみにしていますね、殿下」
「ああ」

 まぁ、レティシアは僕の誘いを断ったりしないと思うけどね。


 サロンの集まりから数日が経ち、夜会に誘うため、レティシアを呼び出したのだけど。

「え、レティシアが伯爵家に帰った?」
「はい。届け出は正式に成されております。実家で療養するとのことです」
「療養? それなら王宮で十分じゃないか」
「……心が休まるのは、やはり勝手知ったる自身の育った生家や土地なのではないでしょうか?」
「そういうものか?」
「はい、自分はそう思いますよ」

 だとしても勝手だな。
 いや、レティシアは正式に僕の部下というわけじゃない。
 僕の慈善活動の、あくまで協力者というのが建前だ。
 とはいえ、僕に一言程度はあってもいいと思うんだけど。

「療養期間は何日の予定か聞いているかい?」
「……なにぶん、療養ですからね。体調が復調されるまででは? カーン嬢は正式に王宮に勤める者ではありますが、その管轄・所属は王宮魔術師団です。今はメルウィック・スワロウ第二師団長の部下という立場ですから。正確に知りたいのであれば彼に確認を取ることになります。生憎とその彼は今、王宮を離れていますが」
「……そうか。ではレティシアが戻り次第、僕に知らせるように。スワロウ師団長も戻れば連絡させるようにな」
「かしこまりました」

 ふぅ……。しかし、療養のためにわざわざ遠い伯爵家に帰るとはね。

 この時の僕は『また黄金が必要な時が来たらどうするんだ?』なんてレティシアの行動に不満を抱いていた。
 しばらく待っても戻らなければガレス嬢にダンスのパートナーを頼むかな、なんて。
 描く未来像は変わることなどないと信じ切っていた。
 ……それは。それらは。大きく間違いだったのだけど。
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