白い結婚で捨てられた王妃は、「あなたのために王になります」と言った義弟の手を取る
大広間の扉を閉めてしまえば、喧噪は途端に遠くなる。
立ち止まったセレスティーヌは大きく息を吐き出すと、王妃の部屋へと向かい歩き始めた。
即位したばかりの若き国王クラウスの後ろ盾として、大国アルヴェリアから嫁いだ末の王女。それがセレスティーヌだ。
なのに、十八歳のセレスティーヌを待っていたのは「お前みたいな地味な女を愛せるわけがない。愛は期待するな」という夫からの非情な宣言だった。
それからの七年は、ひたすらに耐える毎日。
容姿だけは一流の夫だが、実務は残念の一言。宰相を中心とした家臣たちが国を回していた。見かねて夫の分まで仕事をしたが、もちろん夫からは感謝などされず、当然と言う態度。
それでもセレスティーヌが頑張ってこられたのは家臣たちの心遣いと……。
「義姉上!」
後ろから声をかけられてセレスティーヌは足を止めた。このようにセレスティーヌを呼ぶのは一人しかいない。
振り返ると、先ほど心配そうにこちらを見ていたレオンハルトがこちらに走ってくるところだった。
「レオン殿下」
「義姉上、本当によかったんですか?」
今年十八になったレオンハルトは、金髪碧眼の柔和な美青年だ。
嫁いできたばかりで知り合いもいなかった頃、庭でぼんやりとしていたセレスティーヌに声をかけてく
れたのが、当時十一歳だったレオンハルトだ。
末っ子だったセレスティーヌにとって、義姉上と呼び慕ってくれるレオンハルトは可愛くて仕方がなかった。
レオンハルトは聡明な少年で、彼の師だった宰相が一年前の引退時に「もう何も教えることはない」と言い残したことは有名だ。
クラウスに子どもが二人できたら臣籍降下する予定の彼は、数年前から既に公務に深く関わっており、将来は宰相になるだろうと既に囁かれている。
「ええ。もういいの。疲れたわ」
先ほどの降格宣言で、セレスティーヌの中で何かがぽきりと折れてしまった。
もともと夫が自分を見ていないことはわかっていた。それでも、セレスティーヌが正妃でいることの大切さくらいはわかっていると思ったのに。
「……っ」
セレスティーヌが力なく微笑むと、レオンハルトはぎゅっと拳を握った。
「兄上は、あなたのおかげで国が成り立っていることを、全く理解していない」
怒りがこもった口調で吐き捨てる。
レオンハルトの言うことは誇張ではない。セレスティーヌがいるからこそ、大国アルヴェリアの支援を受けることができ、成り立っていることがいくつかある。交易関連に力を入れているレオンハルトは、それを知る機会も多い。
「我がヴァルディスはアルヴェリアのおかげで持ち直したというのに」
「しかたないのよ。私では陛下のお眼鏡に適わなかったのだから」
「兄上の人の見る目がなさ過ぎるだけです。義姉上はとても美しいのに」
きっぱりとレオンハルトは断言した。レオンハルトのセレスティーヌびいきは昔からだ。
「ありがとう。レオン殿下。あなたがいたから私はここまで頑張ることができたわ。でも、さすがにもう限界。王宮を出ようと思うの」
セレスティーヌの心は凪いでいる。
そうだ。側妃に降格してまでこの国を支えている意味などない。
国王としてのクラウスには不安しかないが、レオンハルトがいればなんとかなるだろう。
「ええ。義姉上。もうあなたが我慢する必要はありません」
レオンの蒼い瞳がまっすぐにセレスティーヌを見据える。
「――もし、ここを出ていくつもりなら、僕も連れて行ってください。あなたが辛い思いをする国など、どうなってもかまいません」
「それは――駄目よ」
レオンハルトは数年前からすでにクラウスが放り出した執務の多くを代行している。セレスティーヌの負担を軽減してくれた形だ。
セレスティーヌだけでなく、彼までもいなくなったらこの国は回らなくなってしまう。レオンハルトはこの国の良心だ。
「何故ですか?」
「だって、あなたまでいなくなってしまったら、アルヴェリアは確実にヴァルディスから手を引くわ。そうなったら何の罪もない民まで困ってしまう」
セレスティーヌがヴァルディスに戻っても、レオンハルトがアルヴェリアにいる限りは、彼を信じて支援をしてほしい。そう父には言うつもりだった。
「義姉上はだいぶ僕を買ってくださっているんですね」
「ええ。もちろん。だから――」
思いとどまって。そう言おうとしたセレスティーヌの声は、思いも寄らぬレオンハルトの宣言に遮られる。
「わかりました。では、あなたのため、あなたを守るために王になります」
立ち止まったセレスティーヌは大きく息を吐き出すと、王妃の部屋へと向かい歩き始めた。
即位したばかりの若き国王クラウスの後ろ盾として、大国アルヴェリアから嫁いだ末の王女。それがセレスティーヌだ。
なのに、十八歳のセレスティーヌを待っていたのは「お前みたいな地味な女を愛せるわけがない。愛は期待するな」という夫からの非情な宣言だった。
それからの七年は、ひたすらに耐える毎日。
容姿だけは一流の夫だが、実務は残念の一言。宰相を中心とした家臣たちが国を回していた。見かねて夫の分まで仕事をしたが、もちろん夫からは感謝などされず、当然と言う態度。
それでもセレスティーヌが頑張ってこられたのは家臣たちの心遣いと……。
「義姉上!」
後ろから声をかけられてセレスティーヌは足を止めた。このようにセレスティーヌを呼ぶのは一人しかいない。
振り返ると、先ほど心配そうにこちらを見ていたレオンハルトがこちらに走ってくるところだった。
「レオン殿下」
「義姉上、本当によかったんですか?」
今年十八になったレオンハルトは、金髪碧眼の柔和な美青年だ。
嫁いできたばかりで知り合いもいなかった頃、庭でぼんやりとしていたセレスティーヌに声をかけてく
れたのが、当時十一歳だったレオンハルトだ。
末っ子だったセレスティーヌにとって、義姉上と呼び慕ってくれるレオンハルトは可愛くて仕方がなかった。
レオンハルトは聡明な少年で、彼の師だった宰相が一年前の引退時に「もう何も教えることはない」と言い残したことは有名だ。
クラウスに子どもが二人できたら臣籍降下する予定の彼は、数年前から既に公務に深く関わっており、将来は宰相になるだろうと既に囁かれている。
「ええ。もういいの。疲れたわ」
先ほどの降格宣言で、セレスティーヌの中で何かがぽきりと折れてしまった。
もともと夫が自分を見ていないことはわかっていた。それでも、セレスティーヌが正妃でいることの大切さくらいはわかっていると思ったのに。
「……っ」
セレスティーヌが力なく微笑むと、レオンハルトはぎゅっと拳を握った。
「兄上は、あなたのおかげで国が成り立っていることを、全く理解していない」
怒りがこもった口調で吐き捨てる。
レオンハルトの言うことは誇張ではない。セレスティーヌがいるからこそ、大国アルヴェリアの支援を受けることができ、成り立っていることがいくつかある。交易関連に力を入れているレオンハルトは、それを知る機会も多い。
「我がヴァルディスはアルヴェリアのおかげで持ち直したというのに」
「しかたないのよ。私では陛下のお眼鏡に適わなかったのだから」
「兄上の人の見る目がなさ過ぎるだけです。義姉上はとても美しいのに」
きっぱりとレオンハルトは断言した。レオンハルトのセレスティーヌびいきは昔からだ。
「ありがとう。レオン殿下。あなたがいたから私はここまで頑張ることができたわ。でも、さすがにもう限界。王宮を出ようと思うの」
セレスティーヌの心は凪いでいる。
そうだ。側妃に降格してまでこの国を支えている意味などない。
国王としてのクラウスには不安しかないが、レオンハルトがいればなんとかなるだろう。
「ええ。義姉上。もうあなたが我慢する必要はありません」
レオンの蒼い瞳がまっすぐにセレスティーヌを見据える。
「――もし、ここを出ていくつもりなら、僕も連れて行ってください。あなたが辛い思いをする国など、どうなってもかまいません」
「それは――駄目よ」
レオンハルトは数年前からすでにクラウスが放り出した執務の多くを代行している。セレスティーヌの負担を軽減してくれた形だ。
セレスティーヌだけでなく、彼までもいなくなったらこの国は回らなくなってしまう。レオンハルトはこの国の良心だ。
「何故ですか?」
「だって、あなたまでいなくなってしまったら、アルヴェリアは確実にヴァルディスから手を引くわ。そうなったら何の罪もない民まで困ってしまう」
セレスティーヌがヴァルディスに戻っても、レオンハルトがアルヴェリアにいる限りは、彼を信じて支援をしてほしい。そう父には言うつもりだった。
「義姉上はだいぶ僕を買ってくださっているんですね」
「ええ。もちろん。だから――」
思いとどまって。そう言おうとしたセレスティーヌの声は、思いも寄らぬレオンハルトの宣言に遮られる。
「わかりました。では、あなたのため、あなたを守るために王になります」