消して、奪って、きみだけを
どうして戻ってきたんだろう、なんて戸惑う傍らで心臓が騒ぎ始める。
ゆらゆら揺れる感情が定まらない。
「日和、は?」
「ステージ見てるよ。……いまは、こっち優先だから」
後ろ手で扉を閉めると、柔らかく微笑んで歩み寄ってくる。
どうしてか泣きそうになった。
変わらない笑みにほっとして、わたしを気にかけてくれていたことがやっぱりうれしくて。
だけど、光をまとうような彼にこうして照らされると自分の影が濃くなる。
日和は大事な友だちなのに、わたしを信頼して想いを打ち明けてくれたのに、その言動にいちいち動揺したり嫉妬したりしてしまう自分が嫌になった。
応援する以外にないのに、まだ踏ん切りがつかない。
それでも、叶人くんが日和を好きになってしまったのなら、もうどうしようもない。
どうしようもないのに、不安でたまらない。
「……っ」
普通にしていたいのに、セロファンを持つ手が震えてしまっていた。
情緒が言うことを聞かなくて呼吸まで震えそうになる。
叶人くんは何も言わずわたしのそばで膝を折った。
少し驚いたような気配があって、震えに気づかれてしまったのだと悟る。
「羽衣……」
「ごめん……。でも、怖くて。叶人くんがまたいなくなっちゃうんじゃないかって」
平静を装うために笑ったつもりが、あまりにぎこちなくて強がりもバレてしまっただろう。
一拍置いて、気づいたらわたしは彼に抱き締められていた。
甘くて深い叶人くんのにおいと体温に包まれ、驚いて身じろぎするといっそう腕に力が込められる。
「大丈夫、僕はどこにも行かないよ。羽衣を置いてどこにも行けるわけない。……もう二度とひとりにしないから安心して」
優しく穏やかなその声は心地よくて、耳だけでなく心に深く浸透してくる。
そのとき、記憶の海の凪いだ水面がきらりと光ったような気がした。
(そうだ……)
“ひとりぼっち”だったのは、彼だけじゃない。
友だちはいても、家に帰ると誰もいなくてわたしはいつも寂しい思いをしていた。
父は当時から海外で仕事をしていてほとんど会えなかったし、母はそのとき朝から晩まで働き詰めだった。
誰もいない暗い家で、冷めたご飯をひとりで食べる静まり返った日々。
だからなるべく帰りたくなくて、いつも日が暮れるまでずっと彼といたんだ。
わたしたちはお互いに孤独を埋め合ってきたのだった。
「……ごめんね、不安にさせて」
そっとわたしを離した叶人くんはそう言うと、眉を下げてやわく笑う。
「急かして困らせたくなかったから遠慮してたけど、それで羽衣を苦しめてたら元も子もないよね」
言葉が詰まって出てこなくて、代わりに首を横に振った。
そんなことない。叶人くんのせいじゃない。
わたしが勝手に諦めようとして、勝手に苦しんでいただけ。
「今度は僕が守ってあげる」
ふと微笑んだ彼はわたしの頬に手を添える。
そのあたたかくて優しい温もりに、どうしてかまた泣きそうになってしまう。
「────好きだよ、羽衣」