消して、奪って、きみだけを
     ◆



 バルコニーへと繋がるガラスの扉を開けると、そこには見知った後ろ姿があった。
 きつくフェンスを握り締めている日和に歩み寄る。

「おい、大丈夫かよ……。何があった?」

「……やられた。叶人くんに()められた」

 顔も上げないまま普段より低い声で答えた日和は、いっそう手に力を込める。

「どうせ衣装は叶人くんが自分でやったことだよ。シャーレのときと一緒……羽衣の好感度を稼ぐため。それと、あたしを嵌めるために」

 どうやら、若宮の異常性と危険性に危機感を覚えるどころか、身をもって実感させられたといった様子だった。

 しかし、感情的になる段階は越えたのか、ふっと自嘲気味に笑うと力を緩める。

「ばかはあたしだった。あんたの言う通りになっちゃった」

 そよいだ風が髪を(さら)い、痛々しい日和の横顔が目に入る。

 いまの状態で若宮を暴こうとしても、羽衣にとっては根拠もなくあいつを非難して悪口を言っているようにしか聞こえないだろう────そんな話をしたことを思い返した。

 日和は先ほどあの場で若宮を糾弾(きゅうだん)してみせた。
 恐らくそれが羽衣を傷つけ、日和もまた、そんな羽衣の反応に傷ついたのだろう。

 若宮は俺や日和の思惑に気づいてか否か、尻尾を掴まれる前に動いたわけだ。

 あるいは日和の“考え”とやらが引き金になったのかもしれない。

「……なあ。おまえさ、ここのところ何してたんだ? 任せてくれ、とか言ってたけど」

 またタイミングの悪いことに、準備が終盤に差し掛かってからは何かと立原に駆り出されていてあまり教室にいられなかった。

 俺がもっとよく見ていれば、こんな形での衝突は避けられたかもしれないのに。

 日和は一度息を吸い、開き直った様子で答える。

「叶人くんと同じことをしてやろうと思ったの」

「え?」

「叶人くんの心を奪えば、羽衣から遠ざけられると思って。ううん、奪えはしなくても邪魔はできる。そうすれば……結果的に羽衣を取り戻せるかもしれないでしょ」

 そういえば、何かと一緒にいるところは何度か見かけた。
 まさかそんな狙いがあったとは思わなかったが。

 短絡的と言わざるを得ないけれど、それでも、若宮が好きな相手に異常な執着を見せる人間である以上、一応筋は通っている。

 ただ、羽衣に向けているその執着の深さを甘く見すぎたのだろう。

「もしかしたら羽衣も、負い目のせいで叶人くんに従わされてるのかもって。好きだと錯覚させられてるのかもって……。あたしが羽衣に“叶人くんが好き”だって宣言しておけば、諦めようとしてくれるんじゃないかと思って」

 羽衣を守りたい気持ちと取り返したい気持ちとが半々に混ざった作戦だ。
 目的まで最短と見せかけて、弱点を晒している。

意趣(いしゅ)返しでもあったかな、正直。だからばちが当たったんだね」

 本音の部分では、奪われる痛みを一度知って欲しかったのかもしれない。
 もちろん、そんなの本望ではないだろうが。
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