消して、奪って、きみだけを
何にも分かってない、と羽衣に言い捨てたあの言葉はもどかしさゆえの苛立ちと、受けた傷の裏返しだったのだろう。
日和の危惧していることは理解できるし、それもまたありえない話ではなかった。
むしろ今回のことがあって、日和はだいぶ危機感が鮮明になっていると思う。
自分が羽衣のそばにいることで若宮に利用されてしまう、ひいては羽衣を傷つけてしまうという危機感。
ここで中途半端に抗えば、確かに若宮の思うつぼかもしれない。
羽衣のそばを選ぶ限り、何度でもこういうことが起こりうる。
しかも、いまの羽衣にはどんな警告も届かない。
次は、修復不可能な傷を負わされるかもしれない。
日和が恐れているのはそういうことだろう。
「だったらもう嫌われる方向へ切るしかないでしょ。あたしにはもう、遠ざけることでしか羽衣を守れないんだもん」
再び日和は笑ってみせる。
やわいのに清々しいその笑顔には、諦めた様子なんて微塵もなかった。
「……本当にいいのかよ。羽衣には誤解されたままだし、周りの印象も最悪だろ」
「まあ、あんたが分かっててくれればそれでいいよ」
日和は確かに深く傷つき、苦しめられたはずだ。
しかしそれさえ、若宮には利用されると分かったから────。
澄んだ言葉と表情に、勝手に胸打たれた。
負けたつもりなんて一切ないようで、珍しい素直さにもいまばかりはほっとする。
ふと遠くに目をやった日和は、引き締めた声色で言う。
「次のターゲットはあんたかも」
その言葉に心臓が痺れたような緊張感が走る。
確かに、羽衣を手に入れるため順調に外堀を埋めている若宮にとって、俺と日和は最大の邪魔者であるはず。
日和を潰したとなったら、次はいつ俺がそうなってもおかしくない。
「たぶん内心では一番目の敵にしてる相手だろうに、性格の悪い叶人くんは、だからこそ最後のお楽しみにしてるんじゃない? 気をつけてよね」
「……ありうるな」
冗談なのか本気なのか分からないが、どちらにしても信じられる話で苦笑してしまう。
「あたし、羽衣とはもう友だちじゃいられないかもしれないけど……」
ふと目を落としていた日和が顔を上げた。
暗い影はもう一切さしておらず、その強さが少し眩しくなる。
「でも、叶人くんには借りができちゃったから、このまま“対”叶人くん戦線は続けるよ。あたしもあんたに協力する」
「……おう、心強い味方だな」
◆
どんな顔をして戻ったものか、既に気まずさを覚えながらスマホ片手に廊下を歩く。
気持ち的にはこのまま帰ってしまいたいくらいだけれど、自分の仕事を放棄するような無責任な真似はできないし、監視は続けなきゃいけない。
甘い顔をした悪魔の手が、羽衣や涼にまで及ばないように。
角を曲がろうとしたそのとき、ふっと目の前に誰かが飛び出してきた。
死角から急に現れたのは甘い悪魔、もとい叶人くん。
ぴた、と反射的に足を止めると、あたしは持っていたスマホをブレザーのポケットにしまった。
「見つけた、よかった。すごい騒ぎになってたけど大丈夫?」