消して、奪って、きみだけを
鳴り止まない鼓動は胸の中だけにおさまらず、指先にもつま先にも響いてくるような気がした。
その心地よさに酔うみたいに頬が熱を帯びていく。
「……え?」
「わたし、叶人くんと付き合うことになった」
そう告げた瞬間、涼の手からペットボトルが滑り落ちた。
転がって壁にぶつかっても、泡が立った中身は揺れるように波打って落ち着かない。
「ちょっと、待てよ。……何で?」
そう尋ねてくる涼の瞳もまたゆらゆら揺れて定まらない。
問い詰めるような真剣さを感じて戸惑った。
尋ねられているわたしより、涼の方が逃げ道を探しているみたいに見えてますます困惑する。
「何で、って……」
「記憶のこととか、肝心なことが曖昧なままだろ」
「そうだけど……。でも、少しずつ思い出してることもあるんだよ。叶人くんと一緒にいることで思い出せるなら、それ以上のことはないでしょ?」
少しずつだけれど確実に、記憶の海の底が見え始めている。
手を伸ばし続ければそのうち届きそうな気がした。
「……ぜんぶがいい思い出とは限らねぇだろ。“罪悪感”っておまえが言ってたんだぞ」
「うん……だから、謝らないといけないようなことをしたなら、少しでも罪滅ぼしをするべきだと思う。叶人くんに悲しい顔をさせるのが辛いの」
いまは、思い出せないことの方に罪悪感を感じる。
都合よく罪を忘れてしまっているわたしにこんなによくしてくれている彼に、返せるものなんてわたしの心くらいしかない。
いずれ思い出してきちんと向き合えば、許されるのだろうか。
「それ、おまえの意思なのか?」
ややあって、落ちた沈黙を破った涼は険しい表情をしていた。
だけど、わたしに向ける眼差しは案じてくれているようにも見える。
「え……」
「おまえのその罪悪感にかこつけて、あいつが無茶なこと言ってきたらどうするんだよ。気が咎めるからって何もかも応じるのか?」
膨らんだ灰色の雲が心の中に立ち込めてきた。
思わず気圧されてしまうものの、涼の真剣さは揺らがない。
「あいつはおまえのそういう感情も利用してんだよ。だから────」
「やめてよ……!」
広がった暗雲から降り出した雨が、感情をしとしと湿らせていく。
それ以上は聞きたくなくてたまらず遮ると、眉を寄せたまま彼を見返した。
「涼までそんなこと言わないで。……叶人くんは優しいよ。わたしは知ってるの」
そう言い残すときびすを返して歩いていく。
どうしてあんなこと言うんだろう。
涼も日和も揃って、どうして叶人くんを悪だと決めつけているのだろう。
わたしの気持ちごと、叶人くんとの過去ごと、すべて否定されているみたいで苦しくなる。
「……っ」
角を曲がった瞬間、ふいに頭痛がした。
爪で引っかかれたみたいに疼いて、思わず額に手を添えると壁に寄りかかる。