消して、奪って、きみだけを
『たしかにちょっと変わってるかもしれないし、怒るとこわいけど……優しいよ。わたしは知ってる』
幼いわたしの声が耳の奥で響いていた。
完全に無意識だったけれど、さっき涼に返した台詞は何となくデジャヴだ。
暗い夜の森を風が通り抜け、揺れた梢が音を立てる。
そんなふうにざわざわと胸が騒いだ。
『わたしがいるのに……』
────そんな顔しないで。……僕がいるのに。
『わたしがいれば十分でしょ?』
────羽衣には、僕がいれば十分だよね?
幼少期のわたしの言葉と、叶人くんの言葉が重なる。
浅くなった呼吸を繰り返すと、動揺で瞳が揺れるのを自覚した。
壁についた手が震えてしまう。
(どういうこと……?)
これは偶然なのだろうか。
頭痛は止まず、立てた爪が頭の中の膜を破るようにして記憶の断片があふれ出す────。
『あっ』
ランドセルを背負ったまま河川敷の橋の下へ下りると、そこにはくたびれたダンボール箱とそのそばに屈む叶人くんの姿があった。
思わず声を上げたわたしに「しー」と人差し指で合図した彼は、それからそっと手招きする。
音を立てないように静かに歩み寄ったわたしも彼の隣に屈んだ。
『わぁ……かわいい』
ダンボール箱の陰には猫がいた。
器に入ったミルクを一心不乱に飲んでいるその猫は、本来はそのミルクにも劣らない綺麗な白色なのだろうけれど、いまはところどころ黒ずんだように汚れてしまっている。
『さっき、ごはんも食べてくれたよ。羽衣ちゃんが持ってきてくれたやつ』
『ほんと? よかった、元気になるといいなぁ』
ここに猫が捨てられていることに気づいたのは1週間くらい前のことだった。
鳴き声が聞こえて見にいってみたら、ダンボールの中で小さくうずくまって震えていたのだ。
最初はうちで引き取ろうと思ったのだけれど、母に反対されてしまって叶わなかった。
羽衣ひとりじゃお世話できないでしょ、と聞く耳も持ってもらえなかった。
叶人くんには聞くまでもなくて、新しい飼い主が見つかるまで、わたしたちがここでお世話をすることにしたのだ。
当初は警戒心が強くてご飯も水もミルクも拒んでいた猫だったけれど、毎日通うわたしたちに慣れたのか、空腹に耐えかねたのか、ようやくご飯とミルクに手をつけてくれたみたいだった。
『新しい飼い主さん、早く見つかるといいなぁ』
そう呟いた叶人くんに、わたしはすぐには頷けなかった。
もちろん猫にとってはそれがベストだと分かっているけれど、そうなったらこの時間が失われてしまう。
ふたりだけの秘密のようで特別な気がして、終わるのが惜しいと思っていた。
そんなある日のこと────。