消して、奪って、きみだけを

 呆然と猫を見送りかけたわたしの横で、叶人くんが反射的に駆け出していく。
 瞬く間にどちらの姿も見えなくなってしまった。

 猫を追いかけていった彼を見て、男の子たちはまたばかにしたように笑い合う。
 その笑い声も(ののし)るような言葉もぜんぶが耳に(さわ)ってわなないた。

『最低!』

 猫を傷つけ、叶人くんを嘲笑いにきただけの彼らを、精一杯鋭く睨みつけて言い放つ。
 心の底からの嫌悪と侮蔑(ぶべつ)で腹が立っていた。

 なんだよ、と彼らは白けたように解散していき、残されたわたしは猫と叶人くんが去った方を何度も見ながら戻ってくるのをその場で待った。

 日が暮れても帰ってこなくて、結局わたしのことは母が迎えにきた。
 本当はずっとそこで待っていたかったのに、怒る母に連れられて強制的に帰るしかなかった。

 叶人くんは、猫はどうなったんだろう。
 心配で眠れないまま登校した翌日、校門を潜ろうとしたところで彼と会った。

『羽衣ちゃん……』

 叶人くんは昨日と同じ格好のまま、ランドセルも持たずに立ち尽くしていた。
 服は血まみれで、手は傷と泥だらけ。

 その姿を見てぎょっとしてしまいながらも、慌てて駆け寄った。

『どうしたの!? ずっと心配してたんだよ。待ってたけど全然もどってこなくて……』

 近くで見たら、顔や脚にまで泥がついているのかくすんでいた。
 悄然(しょうぜん)と目を落とした彼は消え入りそうな声で言う。

『猫、死んじゃった』

 思わぬ言葉に驚くと、ちょうどまたあの男の子たちが現れて近づいてきた。

 からかうつもりで来たのだろうけれど、叶人くんの異様なありさまを目の当たりにして衝撃を受けた様子で一瞬言葉を失う。

『か、叶人が……叶人が猫を殺した!』

 ────そう触れ回っていた彼らの声が蘇ると、脳裏(のうり)に響いて止まず、震える手で耳をふさいだ。

 叶人くんの服を染めていた鮮烈な赤い色までありありと思い出してしまい、ぞくりと肌があわ立つ。

(あのあと、どうなったんだっけ……)

 “黙らせてみろよ”。
 “仲間に入れてやる”。

 男の子たちのそんな言葉を真に受けて、まさか本当に叶人くんが……?

 唐突にブレスレットが鎖みたいに重たくなってきた。
 過去のこともいまのことも、肝心なことが思い出せない。

 ────見た目に騙されてるだけで、あいつ、思ったより執念深いやつだと思う。……いつも羽衣のことしか見てねぇし。

 ────執念って、まさか……。

 ────復讐。

 わたし、いったい何をしてしまったんだろう。
 叶人くんの本当の目的は何なんだろう。

 わたしの選択は間違っていないのだろうか。

 胸の内側で誰かがもがいているみたいな拍動(はくどう)に、溺れるように苦しくなってくる。

 それでも、記憶の海から(すく)い出した断片を手放すことはできない。

 “思い出すこと”が叶人くんのためにできる罪滅ぼしだと思った。
 彼の望みを叶えることが(あがな)いであり、この痛みは罰。

 だけど、これよりもっと恐ろしい何かをまだわたしは忘れている。
 罪の原形を思い出してしまったら耐えられるだろうか。

「羽衣?」
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