消して、奪って、きみだけを

 何度か使ううちに要領を掴んできた。

 頭を撫でることがトリガーで、そのとき流れ込んでくるヴィジョンは、きっと羽衣の頭にいま浮かんでいること。
 消える記憶もその内容の通り。

 羽衣のための力だから彼女以外には使えないし、辛い嫌な記憶を忘れさせてあげたいだけだから、消すことしかできない。

 羽衣は、あの頃よりずっと弱く脆くなっていた。

 それはあのトラウマのせいなのだろう。
 ひとのどんな痛みも自分が引き受けて、自分が悪いと思うようになってしまったんだ。

 それなら、なおさら僕がその傷を癒してあげなければならない。
 今度は僕が羽衣を救ってあげたい。守りたい。

 きっと、羽衣にとって辛い記憶を消してあげれば笑顔が戻るはず。
 あの頃の僕たちに戻って、(つい)えた未来をふたりで生き直せる。

 ────わたしがいるのに……。

 ────わたしがいれば十分でしょ?

 幼い羽衣の言葉に胸が焦がれていく。

 桜のしおりもその言葉も彼女の意思表示だと分かっていた。
 そして確かに、僕には羽衣さえいればよかった。

 だから、いまからでも取り戻すのだ。
 ふたりだけの幸せな世界を。

 ────そんな顔しないで。……僕がいるのに。

 ────羽衣には、僕がいれば十分だよね?

 応じる意味で、確かめる意味でトレースするように返した言葉は、いまのきみにも届いたのだろうか。

 あの頃の僕はそんな羽衣の言動に救われていた。

(同じことをして返せば救えるし、守れるし、安心させられるよね?)

 邪魔者は消してでも、都合の悪い記憶は奪ってでも、きみだけを手に入れたい。

 羽衣に好意を寄せる高橋も、利己的な松田や早川も、それから夏目さんまで、少し背中を押すだけで自滅してくれた。

 僕は羽衣を傷つけたいわけじゃない。
 ただ、困ったとき、きみが最初に思い浮かべる人になりたいだけ。

 選択肢を取り上げたいわけじゃない。
 きみが僕を選ぶ理由を増やしているだけ。

 羽衣にはただ僕のことだけを見ていて欲しい。僕だけを頼って欲しい。

 友だちだろうと、僕以外の人間は羽衣に余計な感情を与えるだけのノイズだ。
 そのせいで羽衣はまた、自分を責めてしまう。

 だから、辛いことはぜんぶ忘れさせてあげないと。
 それは僕にしかできないことだから。

 きみのせいじゃない、きみは悪くない────そう繰り返せば、きっとそのうち自責の鎖もほどいてあげられる。

 本当はいっそ、すべてを奪って閉じ込めてしまいたいけれど。
 誰も知らないところで、誰の声も届かないところで、羽衣が傷つかないところで、永遠にふたりで生きていたいけれど。

 でも、それじゃ羽衣の笑顔ごと消してしまうことになるだろうから、彼女の望まないことはしない。
 仕方ないけれど、手段なんてほかにいくらでもある。

(大丈夫、このまま溺れて。……何も考えず、ただ僕に愛されていればいい)
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