消して、奪って、きみだけを
     ◇



 叶人くんはわたしの反応に気づいているのか否か、気に留めることなく見つめてくる。

「あ、だ、大丈夫。ちょっと目眩がしただけ」

 そう笑って誤魔化すと、壁から手を離した。
 頭痛はすっかりおさまっている。

「そう? どこ行ってたの?」

「飲みものを買いに……」

 まるきり嘘ではなかったものの、中途半端に(つくろ)おうとしてすぐにぼろを出してしまった。
 そう言う割に何も持っていないのは見て明らかだし、よく考えれば嘘をつくまでもない。

「えっと、ちょっと涼と話してたんだ。大したことじゃないんだけど」

 涼は叶人くんを誤解して敵視しているみたいだけれど、叶人くんはそういうわけじゃないはず。
 だけど、言った直後にやきもちを妬いていた姿を思い出して慌てた。

「あ、ごめん。本当はそういうのも、叶人くんはいい気しないよね」

 わずかに目を見張った彼はすぐに和らげ、優しく笑いかけてくれる。

「気にしなくていいよ。篠崎くんは羽衣の大事な友だちでしょ? 必要以上に気を遣う必要なんてないから、いままで通りで大丈夫だよ」

「本当に?」

「僕より仲良くされたら妬けるけどね。……ふたりで何を話してたのか、まったく気にならないって言ったら嘘になっちゃうし」

 そう言って頬を撫でた手がそれから頭に触れようとしたのが分かって、反射的に身を縮めるようにして引いていた。

(あれ……?)

 とっさの行動に一番驚いたのは自分自身だった。
 戸惑うわたしの脳裏に、前日祭のときの彼の言葉が蘇ってくる。

『魔法をかけてるからだよ。羽衣を幸せにしてあげる魔法を、ね』

 叶人くんに触れられると、見つめられたとき以上に心臓が大きく騒いだ。

 彼の指先は嘘をつかないから、触れたら触れた分だけ“好き”という想いが注がれていく。

 だけど、頭を撫でられたときは特別だった。
 魔法というより、麻酔みたい。

 最初もそうだったように、何かに思い悩んでいても、気づいたらふっと苦しい気持ちがほどけている感覚。
 まるで、嫌なことぜんぶ忘れたみたいに。

「……また、何か思い出したの?」

 不思議に思いながら自分の頭に触れて首を傾げると、叶人くんがそう尋ねてきた。
 頭が痛くてそうしたのだと思ったみたい。

 眉を寄せて窺うような瞳は、純粋にわたしを心配してくれているというより、警戒半分でやっぱり怯えのような不安気な色が覗ける。

「猫の、こと……」

 迷った挙句、正直に口にした。

 わたしは忘れたすべてを思い出すべきだと思っているけれど、叶人くんがそれを望んでいないならどうすればいいんだろう。

 思い出すことと、望みを叶えること。
 わたしの罪滅ぼしの形と矛盾してしまう。
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