消して、奪って、きみだけを

 また微妙な反応をするかと思ったけれど、彼は「猫?」と目を(しばたた)かせてから思い至ったように眉を下げた。

「ああ、あのことか……」

「あのとき、本当は何があったの? 朝、校門のところで叶人くんに会ったことは覚えてるけど、そのあとのことが思い出せなくて」

 そう尋ねると、叶人くんは苦い表情で言いづらそうに語り始める。

「……猫を追いかけたら、車道に飛び出して()かれたんだ」

 その言葉に息をのんだ。
 暴れてパニックになっていた猫の様子を思い返して苦しくなる。

「突然のことで、僕はしばらく動けなかった。せっかくご飯も食べてくれるようになったのに、こんなにあっけないなんて……」

 本当ならそのうち新しい飼い主が見つかって、家族に迎え入れられているはずだった。
 いまになってやるせなくなり、たまらず両手を握り締める。

「どうすればいいのか分からなかったけど、そのままになんてできなかった。だから、猫を抱いて学校の裏山に……。小鳥のときと同じ」

 彼の服に染みついていたのはそのときの血だったのだろう。
 そして、あの土汚れは埋めてお墓を作ったときについたものだったんだ。

(わたし、何てことを……)

 一瞬でもあの意地悪な男の子たちの言葉を鵜呑みにしかけ、最悪の可能性をまともに取り合ったことがひどく申し訳なくなる。

 そんなわけがなかった。
 叶人くんはきっとひと晩じゅう悲しみに暮れていたのに。

「僕が猫を殺した────ってみんな言ってたけど、ある意味そうだよね。追わなければ死なせずに済んだのかな」

「そんなことない」

 自嘲気味に笑い、儚く目を伏せた彼に気づけば強くそう返していた。
 彼が殺したなんて、あまりにもひどい。

「叶人くんは傷だらけになっても最後まで猫を守ろうとしただけ。自分を責めないで」

 はっと見張られたその瞳が揺らいだ。
 いつになく痛々しくて脆く見える。

 ふいに過去を掘り返し、わたしが傷を(えぐ)ってしまったように思えてうつむく。

「ごめんね、辛いこと思い出させて……」

 言い終えるや否や、ふわりと彼の腕の中におさまっていた。
 優しい陽だまりみたいな温もりにほっとする。

「……それはぜんぶこっちの台詞だよ。猫のことだけじゃなくて、僕たちの話」

 ひび割れたように掠れた声まで儚げな余韻があって、引っかいたような心の傷が(うず)いた。

「それって、わたしが覚えてない何か……?」

 つい聞き返すものの、叶人くんは答えない。
 少しの間、わたしを腕の中に留めてから惜しむように離した。

「────戻ろっか」

 向けられた微笑みはいつも通り穏やかで優しいのに、何だか見えない線が浮かび上がった気がした。

 一度は日和との間にも感じたそれが、彼との間にもあるのかもしれない。
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