消して、奪って、きみだけを
「うん……」
だけど、食い下がることもできなくて頷く。
わたしが何かしてしまうことで線が濃くなるなら、大人しくじっとしている方がいい。
思い出したい。知りたい。
それでも本当に叶人くんがそれを望んでいなかったら?
わたしは、彼のことまで失いたくない。
叶人くんがいない日々なんてもう考えられない。
「そうだ、羽衣にこれあげる」
ふと、そう言った彼のブレザーのポケットから現れたのは、桜色のくまだった。
てのひらにおさまるくらいの大きさのかわいらしいマスコット。
「帰りにたまたま見かけて、羽衣が好きそうだと思って」
「かわいい……。いいの?」
「うん、あのうさぎと一緒に鞄にでもつけておいて」
両手で包み込むようにして受け取ると「ありがとう」と告げた。
桜の花が開くような微笑みが返ってくる。
「…………」
手の中のくまを見つめて口を結んだ。
マスコットという代物はどうしたってわたしの心を揺らす。
────なに、それ……? あたしより叶人くんが大事ってこと?
日和とお揃いだった猫は、いまはわたしの部屋の机の上に座っている。
あのときの衝突で既に日和との関係にはひびが入ってしまっていたのかもしれない。
衣装の件が追い討ちをかけて、砕けて割れてしまった。
だけど、いくら気にかかってもいまはどうにもできない。
本心じゃないはずだと言ってくれた涼の言葉と自分の直感を信じて、もう一度話せる機会を待つしかない。
(猫……)
わたしの持っているマスコットも白猫だった。
これから目にするたびにきっと日和のことだけじゃなく、河川敷での叶人くんとの時間と、名前もなかったあの猫と、悲しい結末がよぎるのだろう。
◇
次の時間は体育。
これまでなら着替えを持って日和と歩いていた休み時間の廊下を、ひとりで進むのにはまだ慣れない。
「……桜木、さん」
自然と視線を落としてしまうと、ふいに背後から声をかけられた。
振り向いた先にいたのは、驚いたことに美怜ちゃんだった。
「美怜ちゃん。どうしたの?」
「……体育だから。わたしたちのクラスと合同でしょう」
そう言いながら左足を引きずるようにして追いついてくる。
その速度に合わせてゆっくりと歩き出した。
「でも、大丈夫? その足……」
「もちろん見学です」
確か、いつもは保健室で休んでいると涼が話していたことを思い出す。
怪我の具合はまだあまりよくなっているように見えないけれど、見学とはいえどうして授業に出る気になったんだろう。
聞くに聞けないで、何か沈黙を埋められるような言葉を探す。
そもそも突然どうしてわたしに声をかけてくれたんだろう。
そんなことを考えていたら、おもむろに美怜ちゃんが口を開いた。
「……あのときはごめんなさい」