消して、奪って、きみだけを

 日和に堂々とそう言ってのけたことを思えば、あいつにとって都合の悪いことを羽衣の記憶から消しているにちがいない。

 どうりで羽衣はあいつを疑えないわけだ。
 あれほど信じきっているわけだ。

「記憶って、どういうこと?」

「羽衣の記憶、最近おかしかっただろ。それもあいつが操作してんだよ。不都合なことを忘れさせてる。現に羽衣は、俺たちとあいつを疑うような話をしたって記憶も忘れてた」

 言葉にするとぞっとするほど恐ろしいと同時に、ひどく腹が立ってくる。

 自分にとって不利な記憶を消すことで、羽衣から思考を奪い、意思を奪い、最終的に自分を信じるように仕向けてきたんだ。

 そんな身勝手極まりない若宮のやり方を簡単に許せるわけがなかった。

 そうやって強引に手に入れた羽衣を、その手元に確実に縛りつけておくために、これからも記憶を、意思を、選択肢を奪い続けるつもりだろう。

 過去を消され、未来まで奪われようとしている。
 なかったことにされてしまう────羽衣自身の意思も、紡いできた時間も。

「ちょっと待って……。記憶操作なんてそんなことできるの?」

「それ以外に説明がつかねぇよ」

 唖然とする日和は言葉を失って前を向いたが、その目は現実を捉えていない気がする。

 超能力の類なのか、洗脳みたいなことなのか、いずれにしても突飛(とっぴ)な話すぎて受け入れがたいのは確かだ。

 しかし、あいつが現れてからいまに至るまでの過程を間近で見てきた俺たちには、もう突飛でも何でもない必然であり事実。

 羽衣はそのことを知ったらどう受け止めるだろう。
 怒るのか、傷つくのか、いずれにしたって知るべきだ。

 抜かりのない若宮を切り崩し、その危うさを羽衣に伝えるには、記憶のことを証明するしかない。

 羽衣だって記憶が抜け落ちている不自然さには気づいているはずだ。

 しかし、どうしたものだろう。
 くしゃりと髪をかき混ぜて頭を抱えてしまう。

 結局、羽衣が覚えていない以上は何も証明できなくて堂々巡りな気がする。

 気づいてもなす(すべ)がない、伝えても忘れさせられるなら届かない。
 この無力感さえ若宮に(もてあそ)ばれているように思えて、たまらず拳を握り締めた。



 放課後になると、羽衣が鞄を手に俺の席へと歩み寄ってきた。

「涼、一緒に帰らない?」

 予想外の言葉に驚いてしまう。

 何だか久しぶりのことに感じられた。
 わざわざそんなふうに言い出さなくてもそれが当たり前だったはずなのに。

「俺はいいけど……あいつは?」

 つい警戒半分で確かめ、あたりを見回すも若宮の姿はない。
 久しぶりになってしまった要因はその存在にほかならないのだが。
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