消して、奪って、きみだけを

 このまま思い出そうと努力することが彼のためにならないのなら、償いにはならない。

 だけど、もし仮にこの予感が当たっていたとして、叶人くんに“何も思い出さなくていい”と言われてしまったら、わたしは素直に従えるだろうか。

 その望みを叶えられないのなら、それもまた罪滅ぼしにはならない。

 大事なことを何も知らないまま、忘れたまま、彼のそばにい続けることが正しいのだろうか。

 それじゃ自分の罪から目を逸らし、逃げ続けているだけのように思える。

「……そうだな。おまえの考えは合ってる」

 ややあって、涼は頷いた。

「えっ?」

「あいつは思い出して欲しくねぇんだ。おまえが忘れてることはぜんぶ、あいつにとって不都合な記憶だから」

 思わぬ言葉に戸惑ってしまう。
 険しいほど真剣な表情と鋭い声色に気圧(けお)された。

「どういうこと……?」

 揺れる声で尋ねると、涼は一度口をつぐむ。
 先ほどのわたしみたいに慎重に言葉を探していた様子で、ややあって再び切り出した。

「信じられないだろうけど、まじめに聞いてくれ。若宮は……おまえの記憶を消せるんだ」

 息をのみ、瞬きすら忘れたまま固まってしまう。
 その意味が浸透してくる前に、恐ろしい言葉に身体が先に反応して肌があわ立った。

「どうして、そんな……」

「おまえが覚えてるとあいつにとって都合が悪いから。おまえの記憶が邪魔だったってこと」

 血の通っていないような声色で涼はそう繰り返した。

「それか、最初からそういう狙いだったのかも。覚えてるおまえも罪悪感を持ってたけどあいつに怯えてたから、記憶を消して“覚えてない”っていう罪悪感を利用することにした」

 やめて────なんて、いつもみたいにはさすがに言えなかった。
 被害妄想とも猜疑心(さいぎしん)とも言いきれないのは、不自然に記憶が消えたという事実が実際にあるから。

 抜け落ちているのはどれも決まって叶人くんに関する記憶ばかり。
 未だにすべてを取り戻すこともできず、罪悪感と恋心の間で板挟みになっている。

「……ごめんな。こんなこと言ったら、またおまえを悲しませるだろうけど」

「ううん……。本当にそうかもしれない」

 自分でも意外な言葉が口をついた。
 けれど、途方もない話なのに腑に落ちてしまったのも事実だった。

 思わぬ反応だったのか、涼は目を見張る。

「利用してるっていうのは信じられないけど……記憶を消してるっていうのは、そうかもしれない。心当たりがあるの」

 それは、彼に頭を撫でられたときのこと────。
 それまで悩んでいたことを忘れてしまうくらい、優しくあたたかい手はすごく心地がいい。

 それは感覚の話ではなく、実際に忘れていたからなのかもしれなかった。
 叶人くんが“魔法”と言っていたのはきっとこのことなのだ。
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