消して、奪って、きみだけを

「じゃあ、なおさらだよ。もうあいつのそばになんているべきじゃない。おまえが危険なんだ」

 その強い眼差しを見れば、わたしを案じてくれていることがひと目で分かった。

 そして、涼がどうしてそこまで叶人くんを敵視して危機感を煽っていたのかもいまなら想像が及ぶ。

 完全な誤解ではなかったけれど、わたしにはその危機感も完全に正しいとは思えなかった。
 叶人くんは、悪い人ではないから。

「でも、わたしは……叶人くんを信じたい」

 確かに一線を越えてはいる。
 それでも、そのことで嫌いになったり幻滅したりするような次元ではもはやなかった。

 好きだから盲目的になっているわけではなくて、過去の彼を知っているから、ふたりで紡いできた時間があるから、一概に決めつけたくないのだ。

 わたしを騙したり、傷つけたりするためではないと信じたい。
 叶人くんの優しさに一滴の嘘もないと知っているのは、わたしだけだから。

 核心の記憶はまだ戻らないけれど、あの頃もいまもわたしは叶人くんのことが好き。

 その想いは確かに本物なのだ。
 だからこそ、向き合わなければいけない。

 刹那(せつな)、呆然としかけた涼は顔を歪める。
 絞り出すように「何で」とこぼすと、うつむいた顔を弾かれたようにもたげた。

「じゃあ、何でそのこと俺に話したんだよ」

「それは……だって、ほかに誰がいるの?」

 身勝手だと分かっていながらも、このことを相談できる相手は涼以外に考えられなかった。
 真剣に取り合ってくれるのは彼しかいないだろうから。

 わたしのわがままでしかないけれど、こうして話を聞いてくれただけで救われた気がした。
 進むべき方向が照らされたみたい。

 涼は口を結び、ぱっと顔を逸らした。

「……そうかよ」

 怒ってはいないみたいでほっとしてしまう。

 心配してくれるのはありがたいけれど、やっぱりするべきことをしなければならないと思う。
 贖罪(しょくざい)という意味でも、わたしが叶人くんのそばにいるのはわたしの意思だ。

「やっぱり思い出さないといけない。忘れてること、ぜんぶ」

 それが叶人くんの仕業だったのだとして、それなのに忘れさせた張本人である彼への罪滅ぼしのために思い出す、というのは矛盾しているかもしれないけれど。

「それまでは叶人くんのそばにいたい。一緒にいたい」

 彼が“記憶のないわたし”にそばにいて欲しいのなら、思い出したいわたしの意思とはまた矛盾するかもしれないけれど。

 不確かな記憶はまた消されてしまうかもしれない。
 彼のそばにいる限り、そのリスクに晒され続けることになる────そんな涼の心配がもっともだということも理解している。

 それでも、わたしは分かっているから。
 脆さや痛みを抱えてきた彼がどんなに優しいか。

 それは、一度は消えてしまった記憶の断片を再び手にできたからこそ確信を持って言えることだ。
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